表紙

丘の家 34


 坂道を歩いて登らないですむのは楽だった。
 門の前で下ろしてもらい、尾口と手を振り合って別れると、史麻は首をめぐらせて駐車スペースを確かめた。
 そこには、見慣れた葉山のオープンカーがしっかりと入っていた。 史麻はほっとして、軽い足取りで、開いた門から中に入っていった。

 一階は外国風の造りになっている。 つまり、靴を脱がずにそのまま行けるのだ。 二階より上はプライベートスペースで、新たに玄関が設けられ、そこでスリッパに履き替えて上がるようになっていた。
 史麻が、大理石を敷き詰めた広い正面玄関に入ると、右手に小さなクロークができていて、カウンターの中からかわいらしい娘がニコッと微笑んだ。
「いらっしゃいませー。 初めてお目にかかりますが、お客様でしょうか?」
「ええ、菊乃さんに招待されて」
 戸惑った史麻がモゴモゴと答えると、娘はいっそう微笑を広げて、職業的明るさで言った。
「お名前、うかがわさしてください」
 なんだか言葉が妙だなと思いながら、史麻は名前を告げた。 娘はピンクの表紙のバインダーを開いてチェックを入れ、右手を伸ばして広間のほうを指した。
「あちらでございまーす。 どうぞ楽しいひとときをお過ごしくださいませ」

 玄関と同種の大理石が続く廊下を、史麻は落ち着かない気持ちで歩いた。
 定期的にパーティーをやっていると、専門の受付まで用意するものなのか? まるで高級クラブのような雰囲気だが……
「やあ、こんにちは!」
 驚いたような声が聞こえて、史麻は顔を上げた。
 廊下の向かって左側には二百平方メートルぐらいの大きな広間があり、右側には客用の化粧室が並んでいる。 その男子用から出てきた若い男性が、立ち止まって史麻を見つめていた。
 史麻も、すぐに彼を思い出した。 少し前、坂を徒歩で登ってこの家の前まで来たとき、車から道を訊いた青年だ。 確か、品川ナンバーの車だった。
 史麻は止まらずに歩いていって、青年と並んだ。
「こんにちは。 今日も無駄に大きい家に来たんですか?」
 とたんに青年は大らかな笑顔になった。
「覚えていてくれたんだ。 嬉しいな。 でも、そんなこと言ったの、他の客には内緒にしといてくださいね。 僕、山根といいます」





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