表紙

丘の家 33


 二十三日の朝、史麻は一応電話で知らせてから、実家に帰った。
 父は友達との約束で、前の晩から釣りに行ってしまっていたが、母が喜んで迎えてくれた。
「おかえり! やっぱりあんたがいると、家の中が明るくなるわ」
「そう?」
 楽しいことをしゃべるわけじゃないのに、と、史麻は少し驚いた。
「早智ちゃんみたいに陽気じゃないわよ」
「そうね、あの子は頼りになった。 でも、あんたもなかなかのものよ。 鈴木さんが言ってたけど」
「鈴木さん?」
 思わず顔をしかめてしまった。
「隣りの奥さん?」
「そう。 あそこに来る信金の人がね、あんたのことをしきりに訊いたらしいの。 お隣りに綺麗な人が入っていったけど誰ですかって」
 史麻は苦笑して、着替えの入っている大き目のバッグをソファーに置いた。 モデルになって日々訓練しているのは『綺麗に見せる』ことだ。 歩き方、似合う服の選び方、メイクのやり方……極端に言えば、スカート丈ひとつでおしゃれに見えたり、やぼったく変わったりすることさえあった。
「そんなのいちいち気にしない」
「いいでしょ? 娘を褒められて嬉しいのは当たり前」
 改めて、次女にしげしげと目をやりながら、母は小さくうなずいた。
「そう言えば、ずいぶん大人っぽくなった。 早智ちゃんが向日葵〔ひまわり〕なら、あんたは百合って感じ。 姉さんよりしっとりしてるわ」
「カサブランカ? ならいいけど」
 まぜかえして、史麻はバッグの中を探った。
「はい、秋冬用の栄養クリーム。 この間宣伝してたやつで、なかなかいいの。 二つ貰ったから、一つあげるね」
「ふうん。 よさそうね。 最近こめかみの辺りがカサカサしてきちゃって」
 二人はしばらく女同士の会話に花を咲かせた。


 お昼を母と一緒に食べた後、史麻はレースをあしらったツーピースに着替えて、小さめのバッグを持った。 服とアクセサリーはそこそこの物にしたが、時計だけはカルティエのパシャを嵌めた。 いわゆるブランドの中では若向きだし、文字盤が見やすいのが気に入っている。 それに、値段が値段なので、さりげなく見栄を張ることもできた。

 今度はバスというわけにはいかない。 思いついて、タクシー会社に電話して尾口を呼んでもらった。 尾口は喜び、すぐ家の前に車を回してきた。
「よっ、わざわざご指名ありがとうございます」
 長い足を器用に曲げて乗り込むと、史麻はすぐ尾口と話を始めた。
「菊乃ちゃんのパーティーに呼ばれたの」
「ああ、噂には聞いてるよ。 エリートばっか集めてるんだろ? まあ午後だけで夜遅くまでやるってことはないらしいし、ヘンなパーティーじゃないけどな」
「すぐ帰ってもいいって言われたけど」
「あんまし行きたくないみたいだね」
「全然」
 史麻は溜め息を噛み殺した。
「秋祭り見に行くほうが、ずっといいわ」





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