表紙

丘の家 31


 史麻は、ソファーに座りなおした。 鼓動が一挙に高まった。 相手がそう出るなら、こちらにも考えがある。
「ねえ菊乃?」
 わざと呼び捨てにした。 そうしないと気持ちが収まらなかった。
「そこまで言うなら、はっきりさせようよ。 早智ちゃんは、なんで片瀬の家を出てったの?」

 菊乃は、ウッと詰まった。 なぜか話しにくそうになったのは彼女のほうだった。
「そんなこと……あんたに関係ないわよ。 ともかく、来たほうが史麻ちゃんにもお姉さんにも得なんだから」
「どう得?」
 焦る菊乃とは対照的に、史麻は落ち着きを取り戻してきた。 どうも弱みは菊乃たちのほうにあるらしい。 その口調から、だんだんわかり始めた。
 菊乃は遂に癇癪を起こした。
「わからず屋! モデルって人気商売でしょ? 紹介してあげるわよ、金持ちの息子とか雑誌の編集者とか。 けっこう来るんだから」
 それから、意を決したように言い足した。
「来たらね、お兄さん夫婦の仲直りに、力貸してあげるかもしれない」

 行けたら行くとだけ返事して、史麻は電話を切った。
 その後で、ゆっくり立ち上がり、窓辺から静かな道を眺めながら、考えた。
――変だ。 なんでこんなにしつっこく誘うの? 前は顔を合わせてもプイッて感じだったのに、なぜ?――
 受賞記念の会で、ヒョロッとした男がしきりに史麻に紹介してもらいたがったことを、そのとき思い出した。
 やばそうな予感がした。 まさかとは思うが、菊乃があいつに私を襲わせるつもりだったら……
 史麻は背筋がぞっとして、無意識に両手で胸を抱いた。 若手実業家の一部は、相当危険な女遊びをするという噂だ。 金持ちの乱れたパーティーなんかに行きたくない気持ちがますます強くなったが、姉の不利になるようなこともしたくなかった。
 しばらく部屋をうろうろして考えたあげく、史麻はあることを思いついて、携帯を手に取った。
 二度目の呼び出し音の途中で、相手はすぐ出た。
「おう? どうした?」
「葉山さん」
 やや息苦しい声で、史麻は呼びかけた。
「いきなりごめんなさい。 あの、菊乃ちゃんが土曜日のパーティーに来いってうるさいの。 姉さんの名前まで出して、どうしてもって言うの。 葉山さんわかります? なぜ菊乃ちゃんが私にこだわるのか」
 わずかに沈黙があった。
 それから葉山は、真面目な口調で答えた。
「なんとなくな」





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