表紙

丘の家 30


 その週は、木曜が空いているだけで、すべて仕事の予定が詰まっていた。
 もちろん二十三日の土曜日もだ。 だから、勝手な招待を断わる理由は充分にある、はずだった。

 ところが、水曜になって、急にその仕事がキャンセルになった。 カメラマンが手違いでダブルブッキングしていたんだそうだ。
 デパートのイベントで、新製品の高級エモリエントクリームの販促をやっていた史麻は、夜の七時に閉店時間が来たのでほっとして、迎えに来た加南子の車に乗った。
 そこで加南子の口から、キャンセルを知らされた。
「向こうは緊急の仕事で、外せないんだって。 悪いけど日曜にしてくれないかって頼んできた」
「日曜ー?」
 思わず語尾が延びた。 確か二十四日の夜には雑誌のインタビューがあるはずなのだ。 半日かけてグラビア撮りして、その後すぐ緊張するインタビューに行くのでは、えらく疲れる一日になりそうだった。
小型車をクリックリッと運転しながら、加南子は横目使いに史麻を見た。
「気の毒だけど行ってちょうだい。 売れっ子への道は厳しいもんよ」
「うん」
 仕方ない。 大久保カメラマンだって悪意で二重予約したわけではないのだ。 史麻は愚痴を言わずに頷いた。


*〜*〜*〜*


 木曜日は朝寝をして、ゆったりと部屋で過ごした。 丸一日自由なのは心が伸び伸びする。 思い立って、なかなかやれなかったアクセサリーの整理をしている最中、携帯が鳴った。
 手を伸ばしてテーブルから取り上げたとたん、嫌な名前が見えて、史麻は顔をしかめた。
 また菊乃だ。 もううんざりだった。
 一応出ると、菊乃は相変わらずせかせかと話し出した。
「あ、史麻ちゃん? 日にちが開いたから忘れたらいけないと思って。 今度の土曜日にうちへ来ること、覚えてるでしょうね?」
 行くと言った覚えはなかった。 それで、史麻はソファーの上で座り直し、できるだけ普通の調子で返事した。
「行けない。 悪いけど。 やることがあるの」
 そうだ、やらなければならないこと、やりたいことが一杯ある。 部屋を模様替えしたいし、秋物のカーテンに取り替えたい。
 だが、勘の鋭い菊乃は言葉尻に鋭く反応した。
「やること? 仕事じゃないのね。 仕事だったらそう言うもんね」
 余計なことばかり気のつく女だ。 史麻はむっとなって、口を尖らせた。
「ともかく週末は疲れるの。 ゆっくりしたいの」
「ずっといなくたっていいのよ。 ちょっとだけ顔出してくれれば。 ほら、その後実家に帰ってもいいし」
「ここから千葉まで結構距離あるのよ。 気が進まないな」
 とたんに菊乃の声が尖った。
「何よ。 人が下手〔したて〕に出て頼んでるのに、断わる気? お姉さんがどうなってもいいわけ?」





表紙 目次文頭前頁次頁
背景:Fururuca
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送