表紙

丘の家 24


 葉山は、少し黙っていた。

 やはり思った通り、嫌われていたのかな、と史麻は思い、バッグを掴んでそっと車を降りた。 後味の悪さと、反発する気持ちが半々で、眼がきつくなっていた。
「さよなら。 送ってくれてありがとう」
 そっけなく言い終わったとき、葉山が動いた。
 ステアリングから手を下ろし、真面目な表情で史麻を見た。

「悪かったな」

 史麻は耳を疑った。 まさか、詫びが入るとは夢にも思わなかった。
 視線を史麻の顔に当てたまま、葉山は静かに続けた。
「一ヶ月待ってくれ。 その間に事情が変わるかもしれない。 今、大事なところなんだ」
 史麻の耳が、かっと熱くなった。
「早智ちゃんは無事? 元気?」
 今しがたまで坐っていた助手席に身を乗り出して、史麻は夢中で尋ねた。 葉山は、ためらいがちに首を縦に振った。
「まあまあだ。 ちょっと過労気味だが、がんばって働いてる」
「そう……」
 喉から手が出るほど訊きたかった。 早智ちゃんは、一人なの? と。 だが、葉山の真剣な目を見ていると、口に出せなかった。

「じゃ、お金の準備しとくね」
 史麻が上の空で言うと、葉山は低く噴き出した。
「要らないよ。 あれは冗談」
 冗談? むっとなって史麻が言い返そうとしたとき、もう車は走り出していた。


 玄関には灯りがついていた。 中に入って後ろ手にドアを閉め、そのままの姿勢で、史麻はしばらくぼんやりした。
 やがて、胸の下から徐々に、温かみが拡がってきた。 葉山は、ただの情報屋ではなさそうだ。 急に大金を吹っかけてきたのは、欲をこいたわけではなく、金額で驚かせて、あきらめさせようとしたらしい。
 バッグを手に持ったまま、二畳ほどの玄関の土間を、史麻は思いにふけりながら歩き回った。
――すっきりしない。 片瀬の人たちには話したんでしょう? どうして私達には教えてくれないの?――
 もう一回りして、史麻は考えを変えた。
――いや、もしかすると話していないのかも。 早智ちゃんの居場所がわかったら、絶対菊乃ちゃんが嫌味言ってくるはず。 でも、中学で会ったとき、何も言わなかった。 ただ葉山さんにくっついて、かっこいいでしょうって見せびらかしてるだけだった――
 足がピタッと止まった。
―― 一ヶ月……その間に、何が起こるんだろう。 何年も解決しなかった問題が、三十日で突然うまく行くんだろうか――
 私に手伝えることは何かないの? と、史麻は思い出の中の姉に訴えかけた。 少しでも力になりたかった。 赤の他人の葉山でさえ応援しているらしい、遠くの姉に。




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