表紙

丘の家 23


 車に乗っても、史麻はむっつりしたままだった。
 一方、葉山は鼻歌でも歌いそうな雰囲気で、片肘をドアに載せ、悠々と片手運転していた。

 家の前まで送り届けてくれる間、ほとんど会話はなかった。 史麻は、見慣れた町並みに目をやりながら、盛んに考えていた。
――大金を払っても惜しくない情報って……やっぱり早智ちゃんは誰かと駆け落ちしたんだろうか。 浮気の証拠を掴んで離婚を有利に運ぼうとして、それで片瀬の連中は、こんな情報屋に――
 史麻の胸の内で、葉山の株は再び大暴落していた。

 車が止まるとすぐに、史麻は降りようとした。
 腰を浮かせたとたん、葉山が声をかけた。
「バッグ忘れてるよ」
 慌ててストラップを掴んだ。 その手に、上から大きな手が被さった。
 史麻の口元が、ピリッと痙攣した。 振り放そうとしたが、手はびくともしなかった。
 押えた声が耳朶〔じだ〕を打った。
「今夜付き合ってくれたら、情報ただにしてやってもいいよ」
 力を込めて手を引き抜こうとしながら、史麻は答えた。
「代金一割増しでもいいから、手を離して!」

 クッと笑って、葉山は指を開き、史麻の手を解放した。
 手首をさすっていると、もう一言降ってきた。
「考えてみたら、一晩八十五万は高すぎるよな」

 史麻は、大きく息を吸い込んだ。 絶対殴ってやろうと思った。 実際にバッグを振り上げかけたのだが、途中で気持ちを変えた。 ある可能性が頭にひらめいたのだ。
――この人、わざとやってる?――

 校庭で、ガソリンスタンドで、はたまた焼肉屋で、葉山はこれまでとても気配りがよかった。 相手に合う話題を振り、上手に相槌を打っていた。
 気を遣う人間は、相手が無神経だと嫌な思いをするものだ。 私は自分の目的に夢中になって、知らずに葉山さんを不愉快にさせていたのかもしれない、と、史麻は思い当たった。

 バッグを胸に抱きこんで、史麻は小声で呼びかけた。
「葉山さん」
「なにかな?」
 ややふざけた口調で、葉山が返事した。
 彼の横顔に目をやって、史麻は尋ねた。
「私、何か気に触ることした?」




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