表紙

丘の家 21


 相手が機会を与えてくれたのだ。 思い切って訊くことにした。 史麻は緊張でやや鋭くなった眼を上げ、向かい合った男に据えた。
「この前別れるとき、早智ちゃんの……姉の話をしたでしょう?」
 葉山は健康そうな歯で、分厚い肉をグッと噛み切った。
「そうだったか? よく覚えてないなあ」
 とぼけられては困る。 史麻の口調が早くなった。
「早智ちゃんが逃げずにがんばってるって、葉山さんそう言ったわ」
「ああ、確かに」
 思い出したようだ。 史麻はすかさず畳みかけた。
「でも私達から見れば、早智ちゃんは逃げてる。 どこへ行って何をしてるか、全然わからないの。 父も母も、すごく心配してるわ。
 もし姉の居場所を知ってるんなら、教えてください。 早智ちゃんは、今どこにいるんですか?」

 葉山は箸を置いた。 そして、真顔になって、必死な史麻の眼を見返した。
 次に彼が口にしたのは、思ってもみない言葉だった。
「百万」
 は?
 最初、何のことかわからなかった。 なぜここに数字が出てくるのか。
 きょとんとした史麻に、誤解しようのない続きが聞こえた。
「高い? じゃ、ぎりぎりまけて八十五万。 現金で」

 何それ……。 驚きがさめると、じわじわと怒りが込み上げてきた。 からかっているんだろうか。 いや、それにしては、相手の表情が真面目だった。
 史麻があきれているのを見て、葉山は淡々と説明した。
「情報はただじゃないんだよ。 少なくとも俺にとっては。 丸秘情報を集めるのが、俺の仕事」

 史麻の視線が、賑やかに食材の並んだ卓の上をさまよった。
 情報屋……探偵みたいなものだろうか。 それともある種のルポライターで、強請〔ゆす〕り同然の形で有名人や政治家から金を巻き上げる人?
 気軽な見かけの裏に、とんでもないものが隠されていたようだ。 史麻は不意に、崖の上へ押し出されたような気分になった。
 麦焼酎をうまそうにクイッと飲んで、葉山はくったくのない調子で言った。
「お、いけてるよ、この味。 『夢心地』か、覚えとこう」




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