表紙

丘の家 19


 そのとき初めて、弟くんが反応した。 史麻のほうへ首を向けて、思いがけなく自己紹介した。
「俺、葉山麓郎〔はやま ろくろう〕。 よろしく」

 史麻の誘いに答えようとして口を開きかけた葉山兄は、先を越されて前のめりになり、後ろから弟の背中をはたいた。
「タイミング最悪!」
 ふっと麓郎が笑った。 意外にも素直な、明るい笑いだった。
 史麻も急いでボソッと答えた。
「ええと、佐々原史麻です」
 あわてたように、兄のほうが話を前に戻した。
「ありがたいね。 俺、誘いは断わらないよ。 どこで会う?」
 最初に思いついた答えを、史麻は急いで口に出した。
「アヤちゃんの焼肉屋さん。 『東西亭』だけど、どう?」
「昨日送ってった、あの店だな。 わかった」
「ありがとう!」
 声が無意識に弾んだ。 葉山は口元をゆるめ、気さくに尋ねた。
「こっちこそ誘ってもらっちゃって。 お宅まで迎えに行くよ。 何時がいい?」
「あ……葉山さんは何時がいいですか?」
「俺はいつでも」
「じゃ、今夜の七時半は?」
「オッケー」

 ほっとした。 これでじっくり話を聞くことができる。 姉がどこで何をしているのか、ようやくわかる!
 無意識に胸の前で両手が組み合わさって、祈るような姿勢になった。
「また今夜ね」
 陽気な声を残して、車はブローッと音を発しながら路地を走り抜けていった。


 今度は鈴木夫人に捕まらないように、速攻で玄関に入った。 すぐ居間から母が出てきて、さりげなく訊いた。
「高そうな車ね。 仕事関係の人?」
 靴を脱いで脇に寄せると、史麻は母の目を見ずに答えた。
「うん、そんなような人」




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