表紙

丘の家 17


 さっきのセダンは、ちゃんと停車していた。 持ち主はもう降りて、家の中へ入ったのだろう。 運転席には誰の姿も見えなかった。
――セールスマンかな。 それとも片瀬のお父さんの仕事関係? 品川ナンバーの車が長時間かけて――
 ご苦労様な話だ。 自分なら、下町から気を遣って車を駆って、ここまで来ようとは思わない。
 来た道を引き返そうか、それともこのまま丘の裏に降りて駅前に行こうか、少し迷っていたとき、ふと思い出した。
――葉山って人の車は、たしか千葉ナンバーだったな――
 彼は千葉市付近に住んでいる可能性が高いということだった。


 結局、史麻は駅まで行くことにして、丘を降りた。 そして、公衆電話ボックスを見つけ、電話帳で葉山という苗字を探してみた。
 千葉市では六人ヒットしたが、かけてみると四人しかかからず、そのうちの誰もオープンカーを持っていなかった。
 がっかりして、史麻は受話器を置いた。 念のため、残りの二人の番号をメモしたが、どうもこのやり方では見つかりそうもない気がした。 今は防犯対策で、番号を電話帳に載せないケースが多いからだ。

 せっかくの休日なのに、半日損をした。 このまま電車に乗って幕張まで出てみるか、と決めたとき、まるで計画したように、駅前広場へオープンカーが入ってくるのが見えた。

 あ。
 着替えて出てきたのが無駄じゃなかった。 史麻は嬉しくなって、速度を緩める車に近寄りかけた。
 その足が、ぎくっと進むのをやめた。 オープンカーがまだ動いているうちに、柔らかい髪をなびかせた若い男が、急ぎ足で駅の構内から出てきて歩み寄ったのだ。
 駅の入口前に止まった車に、その若者は身軽に乗り込んだ。
「待たせるなよ」
「いつもぎりぎりに来るヤツが、何抜かす」
「今日はたまたま乗換えがうまくいったんだよ」
 若者は呟き、肩に載せたアーミー風のベストを座席に放り上げて、体を回した。
 そこで彼は、史麻がじっと自分たちを見つめているのに気付いた。 茶色がかった瞳がまっすぐ見返してきたので、史麻は当惑し、視線を横に逸らした。
 彼が、自分を見られていると誤解したのは無理なかった。 美男揃いのモデル業界でもちょっと見たことがないほど、その若者は美しかった。




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