表紙

丘の家 16


 史麻の表情が、すっと冷えた。 なんだ、真面目そうに見えるけど、この人も菊乃の取り巻きの一人か、と白けたのだ。
 男は、小さなナビを窓から見せて、困った様子で続けた。
「これでここまで来たんですが、なんか周りの風景が違う感じで」
 仕方なく、史麻は前を指差して教えた。
「あの白い建物です」
「え? あれ?」
 驚いたように、彼は片瀬邸をしげしげと見やった。 そして、どっちつかずの口調で言った。
「無駄に大きいですね」

 その言葉は、史麻の胸にストンと落ちた。 ジグソーパズルの最後の一片が、ぴたっと嵌まった感じだった。
――そうだ! 子供のときからずっと思ってたのは、それだったんだ!――
 片瀬の家は、四人家族プラスお手伝いさんが住むには広すぎた。 土地全体で千坪余り。 家の建坪は百坪を越えるだろうに、びっしりと三階建て。 そのせいで丘の上に聳〔そび〕え立つ形になって、遠近感がおかしくなったのかと錯覚するほどふくれあがって見えた。

 気がつくと、青年が微笑みかけていた。
「どうもありがとう。 今日は暑いですね。 教えてくれたお礼に、送りますよ。 この坂、急だし」
 どうも菊乃の遊び友達じゃないらしいな、と、史麻は感じ取った。 誘うのに少し顔を赤らめて、口調がぎこちない。 いかにも慣れていない様子だった。
 まだ片瀬邸まで百メートルはあるから、乗せてもらってもいいとは思ったが、そうすると、尋ねる口実が必要になる。
 やっぱり、止めておくことにした。 自然な笑顔になって、史麻は穏やかに答えた。
「いえ、後ちょっとですから」
「そうですか? じゃ」
 爽やかに言うと、青年は車を発進させた。 銀色のバンパーが遠ざかっていくのを見るともなく見ていて、史麻はナンバープレートに目をとめた。
「品川ナンバー?」
 東京から直で来たらしかった。


 史麻は、わざとゆっくり残りの坂を上った。 やがて、白い石造りの土台上に槍状の柵を張り巡らした片瀬邸の塀へ差しかかった。 のんびりと歩きながら、史麻はときどき流し目で、広い駐車場の方を見た。
 そこには残念なことに、オープンカーの姿はなかった。




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