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丘の家 15


 翌日は、月曜日だった。 普通の勤め人はそれぞれの職場に出払ってしまう日だ。
 だが史麻には、葉山が規則的な仕事をしているようには感じられなかった。 あの服装や態度は、サラリーマンという雰囲気じゃない。 まだ片瀬家の駐車場に、オープンカーが停まっている可能性は高いと思った。
 それで、グレーと白のワンピースに着替えて、九時半過ぎに家を出た。 親には買い物に行くと言っておいた。

 かえで通りを横切ると、昔ながらのアーケード街がある。 店が開き始める時間帯で、魚屋と床屋の店主に声をかけられた。
 それ以外の人も、たいてい目が合うとにっこりしてきた。 みんな顔なじみだ。 それが安心できるところであり、また気を遣うところでもあった。

 斜めに走るアーケードを抜け、右に曲がって少し歩くと、丘が左手に見えてきた。
 自転車で上るには少し傾斜のきつい坂には、白い手すりがついている。 史麻は背筋に力を入れて、一歩一歩踏みしめるように登った。

 坂道の右側は、大手運送会社の土地で、よく茂った栃の木を一列に植えた向こうに、広いグラウンドがあった。 午後は実業団野球やサッカーの練習場になるのだが、まだ朝なので、誰もいなかった。
 今日も晴れだ。 道はしーんとしていた。 時おり蝉の鳴き声が上空から降ってくるが、それもすぐ止んだ。
 坂の中ほどで、史麻は一度足を止め、息を入れた。 日頃、菊乃はこの道を歩いたりしないのだろう。 自分の車で簡単に上り下りするか、または男たちの車に送らせて、涼しげな顔で坐ったまま行くのだ。 そう思うと、ちょっと癪だった。

 冷たい缶を買える自販機でもあればいいのに、と周りを見たが、だだっ広いグラウンドと普通の住宅が並んでいるだけだ。 つまんない所だなあ、と白けながら歩き始めたとたん、横にすっと車が停まった。

 葉山ではないかと半ば期待して、史麻はわざとゆっくり左横を見た。
 だが違った。 隣りにいたのは普通のセダンで、窓を下ろして顔を見せたのは、葉山より若い青年だった。
「あの、すいません。 この近所の方ですか?」
 澄んだ声だった。 顔立ちもすっきりしていて、大きめな口に愛敬があった。
 帽子に手を置いて、史麻は何気なく答えた。
「はい、そうですけど」
 ほっとした様子で、彼はまた尋ねてきた。
「じゃ、片瀬さんの家はどこか、ご存じですか?」




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