表紙

丘の家 14


 車の残した白い埃の中に、史麻はしばらく立ち尽くしていた。
 君の姉さんは逃げなかった……? 逃げたじゃないか。 あの偉そうにそびえ立つ丘の家に、早智ちゃんはいないじゃないか!
 わけがわからなかった。 ただ、一つだけこれは確実だという手ごたえがあった。
 あの葉山という男は、早智ちゃんがどこでどうしているか、知っているのだ。


 玄関でぼんやりサンダルを脱いでいて、気付いた。
 逃げなかったというなら、姉は生きている。 何かの苦労を背負って、でもしっかりと暮らしているのだろう。
 やっぱり会いたい! 腹の底からそう願った。 両親には言いにくいことでも、妹の自分になら話してくれるかもしれない。 まだ年若で未熟だけれども、一応仕事を持って独立している。 前と違って、少しは相談に乗れるはずだ。


 夕食の席は静かだった。 早智が無事らしいと、幾度も史麻は両親に話そうとした。 だが、はっきりした事実がわからないし、単によそで暮らしているなら、家出ということになってしまう。 義理堅い両親は、いっそう肩身の狭い思いをするはずだった。

 結局、早智の話は食卓で一度も出なかった。 ロールキャベツを切りながら、父がこんなことを言った。
「大久保に出張したとき、おまえを見たよ」
 史麻は驚いて顔を上げた。
「そう。 いつ?」
「一ヶ月ぐらい前かな。 丸越デパートの前を何度も行ったり来たりしてて、カメラマンみたいなのが何人かいて」
「ああ、コマーシャル撮影だ、それ」
「へえ、あんたコマーシャルに出るの」
 母の声が少し弾んだ。

 二人はもう、早智をあきらめて、その分まで史麻に関心を移している気配だった。 それはそれで嬉しいのだが、やはり史麻は姉のいない生活を送っていきたくなかった。
 久しぶりに帰った故郷は、いたるところに姉との思い出を残していた。 長女だった姉は、自力で友達や遊びを開拓し、付き合う範囲を広げていった。 そして、そのノウハウを、惜しげなく妹の史麻に分け与えてくれた。

 昔のままにしてある自分の部屋に入って、史麻が最初に定めたのは、明日あの男に会いに行ってみよう、という、強い決意だった。




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