表紙

丘の家 13


 後ろに恭子とアヤが乗った後、葉山は助手席のドアを開けた。
 史麻が乗らないと、車を出さない雰囲気だった。 理由なしに断わると気まずくなりそうだ。 やむなく、史麻は口の中で呟いて、車に入った。
「失礼します……」

 一番近いのは、アヤが看板娘をやっている焼肉屋『東西亭』だった。 次は、そこから四ブロック離れたガソリンスタンド。 恭子の父が二十年前から経営している店だが、最近の値上がりで苦労していた。
 葉山は、恭子と話しながらセルフでガソリンを満タンにしていった。 喜んだ恭子は、事務所から販促のタオルとメモ帳、それにサービス券を出してきて、葉山に渡した。
「またよろしくお願いしまーす」
「この町に来るときはここで入れるよ」
 そつなく微笑んで、葉山は身軽に車に飛び乗った。

 オープンカーは目立つ。 地味な梅ケ淵の街では、特に人目を引いた。
 吹きつける風で飛びそうになる帽子を押えていると、葉山が前を見たまま尋ねた。
「菊乃さんと仲悪いのか?」
 本当の気持ちは言いたくなかった。 史麻も行く手に視線を据えたまま答えた。
「グループが違うから」
「グループか。 女の子は細かく分かれてるからな」
 そう言って、左右を見渡し、葉山はカーブを切った。
「ここからどう行く?」
「最初の角を左」
「ラジャー」
 ぐっとステアリングを回す腕には、細かい金色がかった産毛が生えていた。 見るともなくその様子を眺めた史麻は、もしかするとハーフなのかもしれないと思った。

 五分も経たず、家の前に来た。 短く礼を言って、史麻が降りようとすると、葉山が背もたれに片腕をかけて、ぽつっと言った。
「人生こんなもんだって、妥協するなよ」

 史麻の足が止まった。 中途半端な姿勢で振り向くと、葉山のゆったりした眼が見返してきた。
 そして、もう一言続けた。
「君の姉さんだって逃げなかったんだからさ」

 えっ……?
 一挙に混乱した史麻を残して、オープンカーは風のように発進し、すぐに角を折れて、姿を消した。




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