表紙

丘の家 9


 急に顔の横から声が来たため、史麻はびくんとなってしまい、反射的に左を見た。
 そこには、つい今まで校門の近くで車に坐っていたはずの、あの男が歩いていた。

 とたんに、女三人は押し黙った。
 彼が菊乃を車で送ってきたのを、みんな見ている。 本人に聞こえないところで言った陰口を、相手の知り合いに聞かれるのは気まずかった。
 男は、張りのある横顔をほころばせて、軽く言った。
「チクったりしないよ。 セッサミーって何となくユーモアあるな。 タッチミーみたいでな」
「タッチミーなんて……なんかヤラシイ」
 角恭子が小声で言って、神経質に笑った。
 史麻はとっくに笑顔を引っ込め、そっけなく答えた。
「シマ子じゃなく、史麻」
「そうか、佐々原史麻さんか。 覚えとこう」
 男は、めげるという言葉を知らない風だった。
「俺は葉山〔はやま〕。 有名な別荘地と同じ名前」
「菊乃ちゃんの友達?」
 アヤが顔を突き出して尋ねた。 葉山と名乗った男は、とぼけた顔をして空を見た。
「知り合い。 そういうことにしとこう」
「菊乃ちゃん最近パーティーをよくやるんですってね」
 史麻が、初めて自分から葉山に尋ねた。
「なんか、そうらしいね」
 葉山はのんびり答えた。 どうしても気になったので、史麻は続けて訊いた。
「冶臣さんも一緒に遊んでるの?」
 それまであちこち見回していた葉山の目が、ぴたりと史麻の横顔に張り付いた。
「彼女の兄さんに興味あり?」
 アヤが、恭子と顔を見合わせてから、また首を突き出して、代わりに答えた。
「やーね、そんなわけないでしょ? 冶臣さんは、史麻ちゃんのお姉さんと結婚してるのよ」

 葉山の表情が、強く動いた。
 ほんの一瞬で、少し離れた恭子やアヤには見えなかったかもしれない。 だが、史麻は見逃さなかった。
 初めて彼の真剣な顔を目にした。 そしてその顔には、普段の呑気さからは想像できない、一種の凄味が漂っていた。

 


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