表紙

丘の家 7


 夜の九時過ぎに帰ってきた父も、元気がなかった。 血圧が上がって、降下剤を飲んでいるという。 どんよりした実家の空気に、史麻は半日で疲れてしまった。


 翌朝は薄曇の天気だった。 九時四十分に家を出た史麻は、かえで通りに出て久しぶりにバスに乗った。
 進行方向から左の座席に坐った後は、ただ前だけ見ていた。 横や後ろに目をやると、片瀬邸が視野に入る。 しゃれた建物だが、今の史麻には禍々〔まがまが〕しくさえ思えた。

 二つ目の停留所で、仲間が乗ってきた。 中学の同級生だった山本透〔やまもと とおる〕だ。 そう親しい間柄ではなかったので、笑いあって頭を下げただけで挨拶を済ませた。
 それからは、どんどん増えた。 次のバス停で三人、次で二人、というふうに。 女子が三人になって、史麻を挟んで坐り、近況の話に花を咲かせた。
「史麻ちゃんますます垢抜けしたね。 私なんか駄目だ。 焼肉屋のレジやってるんだけど、髪の毛まで焦げくさくなっちゃって」
「私よりいいよ。 こっちはGSじゃん。 オイルで手が荒れるんだわ」
 等分に両隣に笑顔を見せながら、史麻は別のことを考えていた。
 菊乃は、この集まりに出席するのだろうか?


 友二人に挟まれて、史麻が校門をくぐると、校庭のあちこちに小さな固まりができて、にぎやかに話し合っていた。 ざっと見たところ、三十人は集まっている。 よく出てきたほうなんじゃないかなと、史麻は楽しくなった。
 もちろん、みんな顔見知りだ。 驚くほど変わっている人もいて、改めて紹介し合っていたとき、校門の前に車が乗りつけられた。

 オープンカーだった。 振り向いた史麻は、わずかに目を細めた。 気取った感じで助手席から降りてきたのは、集合時間ぎりぎりに間に合った片瀬菊乃だったのだ。

 次いで、史麻は運転席に視線を移した。 停車してからダランと座席に寄りかかった男が、首だけ回して史麻と目を合わせた。 そして、にやっと笑うと額に指を当て、パッと離した。
 駅で不意に声をかけてきた、あの男だった。

 


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