表紙

丘の家 5


 隣家の鈴木夫人は、都合の悪いときに限って出てくる。 小さなレーダーを備えているのかと思うほどだ。
 今度も、にこやかな顔を作っていそいそと、史麻の傍に寄ってきた。
「まあ、お帰りなさい。 最近見なかったけど、元気?」
「ええ、元気です」
 無愛想にならないように注意して、史麻は穏やかに答えた。 すると、受け入れられたと思ったのか、鈴木夫人はズイッと体を進めて、門と史麻の間に割り込んだ。
「ちょっと心配してたのよ。 お姉さんに続いてあなたも行方不明なんてなったら大変だなあって」
 史麻はあきれて、相手をまじまじと見つめてしまった。 よくもこんなに露骨な言い方ができるものだ。
 じっと見られて、さすがに鈴木夫人もまずいと気付いたらしく、早口で言い訳を始めた。
「ここ小さな町でしょ? いろいろ言う人がいるのよ。 気にしないでね。
 それで、早智ちゃんから連絡あった?」
「知りません。 ここに住んでいないから」
 精一杯の皮肉も、夫人には通じなかった。 彼女は目を光らせて、ますます近くに寄ってきて囁いた。
「片瀬の家じゃ、勝手に動いているらしいわよ。 冶臣さんに離婚させて、新しいお嫁さんを見つけようとしてるって」
 史麻の目が大きく開いた。 そんなことはできないはずだ。 たとえ早智が夫を置き去りにしていったのだとしても、不倫や悪意を証明できない限り、一方的に離婚なんて……!
「負けちゃだめよ。 早智ちゃん明るくて、あんなにいい子だったんだもの。 出ていく理由が、なんかあったはずよ。 いびり出されたんなら、慰謝料たっぷり貰わなきゃ」
 他人事なのにわくわくした口調が、なれなれしくて嫌だった。 史麻は門に手をかけて中に入りながら、きっぱりと言った。
「本当に知らないんです。 当人同士の問題だし。 じゃ、私はこれで」
「嘘じゃないのよ!」
 自分の噂話を否定されたと取ったらしく、鈴木夫人はむきになった。
「最近、あの家派手なの。 若い人がしょっちゅう出入りしてね、カラオケパーティーとかダンスとか、深夜までうるさくってしょうがないって近所の人が」
 冶臣は社交好きではない。 妹の菊乃〔きくの〕が友人を連れ込んでいるのではないかと、史麻は思った。

 


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