表紙

丘の家 4


「やっぱ、あれで帰ってきたのか?」
「ん?」
「ほら、タイムカプセル」
「ああ……そう」

 中学二年のときに先生の発案で、校庭の外れへわいわいと埋めた。 それを、十年目の今年、クラスメイトが集まって掘り返そうというのだ。 クラス会を兼ねたイベントで、招待の葉書が実家から調布にわざわざ転送されてきた。 たまには家に帰って来いという無言の催促に思えて、史麻は梅ケ淵に顔を出すことにしたのだった。

「中学か。 ちょっと前ぐらいの感じだな。 もう十年も経つなんて、信じらんね」
 私には遥か昔に思える――史麻は窓の外をぼんやり眺めた。
 姉が何も言わず、不意に消えたあの日に、史麻の青春は色褪せてしまった。 大恋愛、玉の輿、そのどちらも、結婚生活という現実の前には無力だったのか。 史麻は姉に訊いてみたかった。 せめて、どこでどう暮らしているのか、無事なのか、それだけでも連絡を取ってほしかった。

 右へカーブを切った後、尾口は問わず語りに自分のことを話し始めた。
「俺はさ、工業出て茨城の工場に入ったんだけど、親父が漁で怪我してさ、船に乗れなくなって、気も弱くなっちゃって、それでこっちに戻ったんだ。 しかしよー、せちがらいなあ、仕事ほとんどないもん。 地方の町は大変だ」
「親孝行だね」
 まんざらお世辞でなく言うと、尾口は嬉しそうにした。
「まあな、なんちゃって」
 もう一つ角を曲がって、左の二軒目が史麻の家だった。 千円札で払うと、尾口はきちんとお釣りをよこした。
「同級生だからな、こういうことはちゃんとしないと。 ご乗車ありがとうございました」
「じゃ明日、学校で会おうね」
「たしか十時集合だったよな。 俺日曜は休みじゃないんだけど、明日は休暇取って行く」
「それじゃ」
「また明日な」
 なごやかな気持ちになって、史麻はタクシーを降りた。
 だが、見慣れた茶色の門扉の前に立つと、心が微妙に沈んだ。 尾口と違って親不孝な自分を責めたが、足はなかなか前に進まなかった。
 のろのろしていた報いは、すぐに来た。 掛け金を外して門を開こうとしていたところへ、隣から勢いをつけて、鈴木夫人が姿を現した。

 


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