表紙

丘の家 3


 都会で働いていると、こういった連中によくお目にかかる。 少し前はIT成金に多かった。 合コン好きで、金と人脈の話が好きで、若い女はみんな自分に惚れると思い込んでいる……
 史麻は、もう一度広場を見回した。 男の乗った車が、そこにないような態度だ。 すると、右の道から白っぽいタクシーが戻ってくるのが見えたので、そちらへ歩いていった。
 パタンと音がした。 背後で男が車から降りたらしい。 これから駅へ入るのだろうか。 高そうなオープンカーを置き去りにしたまま? 疑問が湧いたが、知ったことじゃないので、史麻は考えないことにした。
 タクシーは、空車表示を掲げて広場に入って来た。 手を上げた史麻に気付き、嬉しそうに回ってきたが、それだけではすまなかった。 運転席からひょいと丸顔を出して、帽子をあみだにしながら、運転手が嬉しそうに呼びかけてきた。
「よう佐々原! シマ子だろ?」

 史麻の足が止まった。 尾口〔おぐち〕だ。 ダメボの尾口。 なんでこんなところに……?
「尾口……くん?」
 ためらいがちに呼ばれて、尾口は顔中をくしゃくしゃにした。
「くんなんて付けたことあったか? まあいい、乗るんだろ?」
「うん、うちまで行ってくれる?」
 やはり中学の同級生だ。 口をきき合ったとたんに、昔の空気が蘇ってきた。
 尾口は、すぐに後ろのドアを開けた。
「乗んな。 料金はちゃんと取るぞ」
「仕事だもんね」
「そのデカイ帽子、入るときに飛ばさないよう気をつけな」
 確かに横へ広がっていて乗りにくい。 史麻は思い切って脱いで、手の中で四つに畳んだ。
 オープンカーの方角から、聞き覚えのある声がした。
「へえ、スタイルだけじゃなくメンもいいんだ」
 からかうような口調だった。 人を人とも思わないような不遜さが感じられた。
 だから、史麻はまた聞こえなかったふりをして、すっと両膝をそろえ、なめらかにタクシーに乗り込んだ。 尾口は空車表示を倒し、かすれた口笛を響かせながら、車をバックさせて『かえで通り』を南に向かった。

 車の中で、ようやく史麻は頭を半分回して、停車したままのオープンカーのほうに目をやった。 男は腕を組み、車のドアに寄りかかって、タクシーを見送っていた。 目が合いそうになったので、史麻は慌てて首の向きを変えたが、その前に一瞬、男の顔に笑いがちらついたのが気に入らなかった。
 


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