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道を隔てて
テオフィルは満面の笑顔になって、道を突っ切った。
彼の明るい表情に、ミレイユの顔もパッと明るくなった。
「やったよ! ベルトー氏は無罪放免だ」
「ありがとう! ありがとう、あなた!」
荷馬車や馬がごたごたと通り過ぎる中、目立つ体を生かして堂々と渡りきったテオフィルは、馬車に乗り込む時間も惜しんで、窓から上体を乗り出した妻の顔を両手で挟んだ。 命を取り戻した喜びにあふれ、夢中で抱き合っていたアンリエット嬢とベルトー氏に刺激されて、気持ちが高まっていた。
「君に言われたように、ちょっと威張ってみた。 怖がられるのも時によっては悪くないな」
ミレイユはころころ笑い、珍しく大胆に夫の首に腕を回して、唇を重ねた。 テオフィルも喜んで応え、二人は街の真々中で堂々と愛情を見せびらかす形になった。
さっそく野次や指笛が飛んできたが、ものともしなかった。 こんなに達成感を味わったことはない。 大きな体躯がさらに一回り巨大になったような誇らしさだった。
しばらくキスしてようやく顔を少し離したミレイユは、テオフィルの顔中に優しく唇をすべらせながら再び笑いかけようとして、不意に体を固くした。
その視線の方角をたどると、背後の裁判所出入り口付近に、壮年の男性と並んでアンリエット・オードランが立っていた。
ヴェールを取り払ったアンリエットの顔は、可愛らしさと知性の入り混じった、独特の魅力にあふれていた。 この子は綺麗なだけでなく相当賢い、と、テオフィルは直感した。
彼女の視線はテオフィルを飛び越えて、ミレイユの顔に釘付けだ。 ただ驚いているというより、愕然として見えた。
肩に置かれたミレイユの手が震え出したので、テオフィルは本能的に身構えた。 だが次の瞬間、アンリエット嬢の顔が輝くような笑いに包まれた。 そして形のいい手を口に当て、小さな仕草に心を込めて、投げキスを送ってきた。
やはり賢い娘だった。 ミレイユを見つけたとき、すぐに我々のしたことを悟ったようだ、と、テオフィルは舌を巻いた。
ミレイユはテオフィルの肘をしっかり掴み、滂沱〔ぼうだ〕の涙を流していた。 そんな彼女をじっと見つめたまま、アンリエットはゆっくり口を動かした。
(ありがとう)
テオフィルは安堵に胸がふくらむ思いで、反射的に帽子に手をかけ、短く挨拶した。 しないではいられなかった。
今度こそゆったりと安心して屋敷に戻った夫妻は、翌日のイヴと翌々日の聖誕祭を、子供たちや愛犬と共に、心ゆくまで楽しんだ。
そんな中、悪の中心人物だったルモニエ総監が強盗に襲われて命を落とすという事件があったのには、二人とも驚いた。
「ベルトー氏の仲間が復讐したわけじゃないだろうな」
あまりにも時期がぴったりなので、冗談のようにテオフィルがそう口にすると、ミレイユはむきになって否定した。
「まさか! ゴシップニュースによると、ピエロとアンリエットは年末に式を挙げるそうよ。 そんな大事な時に、復讐なんかして幸せを汚すはずがないわ」
「そうだろうね。 ぜひ幸せになってほしい」
「花を贈る手配をしたの。 冬だから見つかりにくかったけれど、温室咲きの薔薇と椿が手に入ったわ」
「匿名で?」
「ええ、Mとだけ書くことにしました」
「いつか再会できるといいね」
「きっと必ず逢えるわ」
ミレイユは夢見る表情になって、夫の胸に寄りかかった。
「そういう予感がするの」
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