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出廷する日
このあからさまな妨害によって、テオフィルは確信した。
真犯人はやはり、ルモニエ総監とその愛人のダロワ子爵夫人に間違いない。 しかも総監はやぶれかぶれだ。 強引にテオフィルが証言しに向かえば、途中で待ち伏せするぐらいのことはやりかねない。
そこでテオフィルは、隣人で気心の知れたランベール男爵に使いを出して、翌日に紋章の入っていない馬車を貸してもらうことにした。
家にある幌つきの二輪馬車は、ミレイユが小間使いのジェルメーヌを連れて、買物に行くために使うことにした。 いわば、目くらましだ。
後で裁判所の前で落ち合うと決めた二人は、とりあえず別行動を取った。 まずミレイユはできるだけ呑気な態度で、小間使いと話しながら馬車に乗り、パリの中心街に向かった。
そしてその一時間後、周囲の様子をよく確かめてから、テオフィルはこっそり隣の敷地に入って、用意してあった馬車に乗りこみ、ランベールの御者に操縦を任せて街中に行った。
法廷に入るときも、十分用心した。 開廷して半時間以上待ち、入り口の衛視の緊張がゆるんで、手薄になるのを見計らってから、さりげない様子で廊下に入った。
法廷の扉を見極めた後は、一直線だった。 このときほど体が大きくてよかったと思ったことはない。
守衛を跳ね飛ばすように押しのけて廷内に入ると、主席裁判官の帽子を被った老人が真っ赤になって立ち上がり、するどい声で呼びかけてきた。
「なんという狼藉〔ろうぜき〕を! 厳粛な裁判の最中ですぞ!」
その語調と、水を打ったように静まり返った廷内の雰囲気で、テオフィルは一瞬ひるみかけた。
だがその脳裏に、妻の優しさと信頼に充ちた声が一杯に広がった。
『私の親友のために証言してくださるなんて、あなたは天使だわ。 でも悪魔に立ち向かうんだから、あなたも氷の鎧を着ていってね。 ほら、あなたって怖い顔をすると迫力が凄いんですもの。 遠慮なく威張って、悪者を圧倒して』
そうだとも。 わたしはどっちみち芝居をしているんだ。 きっとうまくやれる。 ミレイユのためなら。
テオフィルは回りにわからないよう小さく深呼吸した後、表向き平然と顔をもたげて、大股で真中の通路を進みながら言い返した。
「だからこそ来たんです。 わたしは重要証人なんです。 昨日ちゃんと警察署に届け出て、証言の認可も貰っていました。 それなのに裁判の日付も知らされなかったとはどういう手落ちですか!」
「そうおっしゃるあなたは、どなたですか?」
裁判官の口調が、いくらか丁寧になった。 虚勢の効き目が出たようだ。 テオフィルは内心ほっとして、裁判長席の真ん前に立ち、できるだけ傲慢そうに告げた。
「テオフィル・ダルシアック、ドーミエ侯爵です」
貴賓席のほうからざわめきが起きた。 テオフィルが横目で見ると、知り合いのメクラン伯爵夫人が大急ぎで手提げから手帳を取り出し、急いでメモして守衛の一人に渡していた。
そのメモを受け取ったのは、手近にいた副裁判官だった。 彼は紙をちらっと見て目をむき、あわてて主席裁判官に手渡した。
主席はメモを読むと、困惑した表情で額を押さえた。 たぶんメクラン夫人は、テオフィルが本物の大貴族だということ、決して無視したり追い払ったりできない実力者だという事実を知らせたのだろう。
やがて裁判官は、ぼそぼそとテオフィルに語りかけた。
「わかりました。 どうも手違いがあったようです。 どうか宣誓して証人席にお上がりください」
テオフィルはできるだけ急がないように、、コートと毛皮の帽子を守衛に預けてから、小高い証人席に上がった。
検事席についている中年男は、テオフィルという致命的な証人の存在を前もって知っていたらしい。 だからもう立とうもせず、机に肘をついて顎を支えたまま、裁判官にうながされると首を横に振った。
「質問はありません」
検事とは反対側の席にいる若くてはつらつとした感じの青年が、勢いをつけて嬉しそうに立ち上がった。
「わざわざおいでくださってありがとうございます。 それで、証言というのは被告にどのような関わりがあることでしょうか?」
侯爵は、弁護士とおぼしき青年を観察した。 賢そうだ。 それに有能そうで、これなら単刀直入に話したほうが有利になると感じられた。
「ずばり言いましょう。 妻とわたしは、十一月十七日の夜九時半から十一時少し前まで、レストラン『リュック・ブラン』で食事を取りました。 その間ずっと、二つ横のテーブルにベルトー氏がいたのです」
犯行時刻は十時前後だ。 廷内は異様な沈黙に包まれた。
たちまち、若い弁護士の顔が歓喜で輝いた。
同時に検事はますます暗い表情になり、後ろから突っつかれて、しぶしぶ溜息をついて立ちあがった。
「ちょっと待ってください。 それは本当に十七日でしたか? 勘違いでは?」
「それはありえません」
ここが大事なところだ。 テオフィルは心中で十字を切りながら、堂々と嘘を言った。
「その日は妻の誕生日で、二人で祝っていたところでした」
「でも、どうして二つ向こうのテーブルに座っていた男性客が、被告だとわかったのですか? 眼帯をかけている男性というだけでは、本人とは言いきれないでしょう」
テオフィルは思わず笑みをもらしかけた。 ここ数日、検事の厳しい質問を想定して、ミレイユといろいろ練習した甲斐があって、きっちり答えられる。
「妻はしっかり見分けられます。 ベルトー氏は妻の学校友達の送り迎えをしていた人で、ほぼ毎日校門の傍で姿を見ていたのですから」
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