表紙

 -97- 敵のあせり




 ようやく敵の本丸が見えた。
 テオフィルは、そう確信した。
 それにしても、なんと執念深い女だ。 自分を愛さなかった男を、こんな残酷な形で殺そうとするとは。
「ピストル一発で暗殺できるのに、こんな手の込んだことをして、じわじわ苦しめて処刑させるのか」
 やりきれない思いは、ミレイユも同じだった。
「きっとピエロだけでなく、彼に選ばれたリリも悲しませたかったんだわ」
「そのせいで一つだけ、いい点がある。 まだベルトーが生きているということだ。 なんとか助け出そう。 こんな理不尽な連中、鼻を明かしてやらなければ」


 やがてテオフィルの打ち出した対抗策は、大胆なものだった。 権力によって無効にされた証人の代わりに、ピエロへアリバイを作ってやろうというのだ。
 その目的のため、テオフィルはピエロが行ったレストランで、同じ時間帯に二度食事を取り、中の様子や職員たちのシフトを調べた。
 そして、探偵が警官から探り出した事件当日の客の位置と合わせて、水も洩らさぬ証言案を作り上げた。
「たまたまこの日、わたしもこのレストランで食事を取ったことにしよう。 もうずいぶん月日が過ぎているから、レストランの従業員が事件の日の客を細かく覚えているとは思えない。 わたしがこの座席にいて、ベルトー氏を見たと言えば、誰も反論できないはずだ」
 ミレイユは目を輝かせて提案した。
「じゃ、私もいたことにして。 何かお祝いをしていたといえば、長く席についていても怪しまれないわ」
「それはいい。 そう言えば、君の誕生祝を列車の中で楽しくやったね。 あれを改めてパリのレストランでやり直したことにしよう」


 さっそくテオフィルは、弁護士を伴って警察に赴いた。
 堂々たる高位貴族が現われて、容疑者のアリバイを証明すると申し出たのだ。 仏頂面の警部も無視するわけにはいかず、証言を細かく書き取って、重要証人として認知した。
 肝心のルモニエ総監は、出てこなかった。 ぜひ顔を見たいと思ったのだが、ただいま重要な捜査会議中と言われて、丁重に断られた。


 やがて、そのルモニエの署名つきで、裁判の日程が文書で送られてきた。
 正式な書類なので、テオフィルは危うく信じるところだった。 もし探偵のボランが報酬の支払いを求めて、屋敷を訪れなければ。
 秘書のマリオットが金を出して、そのまま帰してもよかったのだが、ボランの有能さに感心していたテオフィルは、自ら彼を書斎に呼び入れて、気前よく割増をつけて金を手渡した。
 喜んだ探偵が、札束を胸に収めながら何気なく言った。
「それじゃ、明日の裁判にはわたしも傍聴しますので、ご成功をお祈りします」
「明日?」
 テオフィルの目が、張り裂けそうに見開かれた。
「三日後ではないと?」
 ボランはいぶかしげに彼を見つめた。
「いや、確かに明日ですよ」
 そこでテオフィルはつかつかとデスクに近づき、引出しから召喚状を取り出してボランに見せた。
 すばやく目を通した後、ボランは頭を振り振りテオフィルに返した。
「いやはや、ここまでやりますか。 嘘です。 真っ赤なでたらめですよ。 こんなクソ書類に自筆でサインするなんて、ルモニエ総監はいったい何を考えているのか。 血迷っているとしか言いようがないですな」







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