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卑劣な敵に
ミレイユはその夜、幾度も悪夢を見て目が覚めた。
ピエロの事件はずっと気にかかっていたが、やっていないに決まっているのだから、リリの実家が一流の弁護士を雇って、必ず釈放にするだろうと期待していた。
まさか、その犯罪そのものが、ピエロを残酷な処刑に追い込む罠だったとは。
気味の悪い夢に襲われて、翌朝の寝覚めはひどいものだった。 目をしょぼしょぼさせながら、ハムと卵を口に運んでいると、不意にそんな夢の一つが蘇ってきて、ミレイユは思わず顔をしかめた。
「どうした?」
目ざとく妻の不快そうな様子を見て取って、テオフィルが尋ねた。
「え? ああ……昨夜、嫌な夢を見たの。 リリとピエロのことが心から離れなくて」
そのとき、不意にどこからか、天啓のように何かが意識に浮かび上がり、口から飛び出た。
「ピエロはさっぱりした情に厚い性格で、友達がとても多いの。 わざわざ彼をこんな形で死なせたいと思うほど憎む男性なんて、想像できない」
テオフィルの目が、急に鋭くなった。
「だとすると」
「ええ。 事件が起きたのが、婚約した直後でしょう? もし、彼に夢中だった誰かが、望みを断たれたとしたら」
「愛しさ変じて、憎さ百倍か」
二人の視線が交わった。 どちらも心の奥で思っていた。
今ならわかる。 自分だってもしこの人を取られたら、絶対に我慢できない。 どこまでも追って取り返す。 それが駄目なら……
「私なら、川に飛び込むかもしれない」
ミレイユが呟くのを聞いて、テオフィルは血相を変えた。
「そんな思いをしたことが?」
ミレイユは泣き笑いをしながら、テーブル越しに手を伸ばした。
「ないわ。 これからもないことを祈ります。 大切な子供たちのためにも、あなたを失うなんて耐えられない」
テオフィルの唇が大きく震えた。 彼は妻の手を握り返すだけではすまず、立ち上がってテーブルを回ると、使用人の目も構わずに強く抱き寄せた。
「わたしが君から離れるって? ありえない! 一目見たときから好きだったのに。
でも君はモンシャルムを選ぶと思った。 令嬢が十人いれば九人がそうするだろう。 だから、気持ちがどうしようもなくなる前に、最初から諦めたほうがいいと決めたんだが」
「そんな」
ミレイユは本格的に泣きはじめた。 傍にテオフィルがいると、なぜか涙腺がゆるむ。 めそめそする女なんかうっとうしいだろうと思うが、それだけ彼には弱さを見せられるのだった。
「最後に逢いに来てくれて、よかった。 ほんとに」
もう新婚とはいえない月日を経て、むしろ仲が深まった感がある夫妻を、給仕する従僕たちが微笑みをこらえて見守っていた。
その日の午後、二人は相談して、もうしばらくパリに留まることにした。
心配していたインフルエンザは、南下せずに西のルアーヴルのほうへ飛び火したらしい。 それでも用心深いテオフィルは、流行がこっちへ来る兆しが見えたら、家族だけはオルレアンに行かせると決めて、いつでも汽車を予約できる体勢を取った。
そして夫妻は作戦を立てはじめた。 ピエロを陥れた相手が、道徳も良心もかなぐり捨てた悪人ならば、こちらも奇麗事を言ってはいられない。
まず事情を徹底的に調べ、水ももらさぬ計画で、敵の鼻を明かさなければ。
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