表紙

 -94- 夫の思惑は





 パリに到着してから三日間、晴れが続いた。
 おかげで子供達は大きな家の中だけでなく、広い庭を充分に探検することができて、すっかりご機嫌だった。
 気取らない両親に似て、長男のマッティと長女のヴァレリー、それに次男のテランスともども人見知りをせず、若い馬丁や庭師見習、御者の子供たちとよくなじみ、一緒に遊んでいた。 初めにテオフィルが、荒い遊びをさせなければ大丈夫と使用人達に話し、子供達には大人の仕事の邪魔をしないで注意されたら素直に聞くようにと言い聞かせ、それでうまく行っていた。
 あいかわらず買物嫌いのミレイユは、懐かしい自分の部屋が元のままに残されていたので喜び、そこで縫い物や読書をしたり、庭に出て子供たちの遊びに加わったりして、のんびりと過ごした。
 愛犬のシュシュももちろん連れてきていた、 大き目の中型犬に成長したシュシュは、自由に庭を走り回り、子供たちにくっついてしっかり守っていた。


 テオフィルはよく外出した。 この機会に片付けておきたい届けや会計、友達との付き合いなどがたくさんあるのだろうと思い、特に説明がなくてもミレイユは納得していた。
 だが、パリに着いて五日目に事情がわかった。
 珍しく厳しい表情で夕方に戻ってきたテオフィルが、ルマール夫人らと談笑していたミレイユを探しに来て、話があると誘った。
 ミレイユはいそいそと夫についていった。 久しぶりに彼とゆっくりできる。 心が弾んだ。


 テオフィルは妻を書斎に連れていき、しっかりと扉を閉じて、奥の暖炉の前に二人で座った。 そして、前置きなしにいきなり本題に入った。
「厄介なことになっている。 ピエール・ベルトーは罠にかけられたらしい」
 一瞬でミレイユの血の気が引いた。
「なんですって?」
「ベルトーには強力な敵がいるようだ。 調べたところ、彼は犯行の時間、大きなレストランにずっといたことがわかった。
 まったくの無実だし、普通なら簡単に証明できる。 しかし、店の主人も給仕も怖がって、証言できないと言い張っているんだ」
 動悸が激しくなって、ミレイユは無意識に胸を抑えた。
「ひどい…… ピエロもリリも、なんて気の毒に」
「リリという人は、なかなか大したものだ」
 テオフィルの語り口が柔らかくなった。
「婚約者を救おうとして、できることは何でもやっているらしい。 諦めない努力は立派だが、闇の力が大きすぎて、オードラン酒店の財力をもってしても太刀打ちできないでいる」
「ピエロを陥れて、敵に何の得があるの?」
 どうしてもミレイユには理解できなかった。
「彼は若くて、実業家としてはまだ駆け出しだし、政治に加わっているわけでもない。 それに人柄がよくて男らしい人よ。 なんで死刑にしたがるの?」
「立派だというだけで憎む人間もいるんだよ」
 溜息交じりにテオフィルは答えた。
「ともかく、もう少し調べてみたいと思う。 何か手が打てればいいが」
「恩に着るわ。 忙しいのに、そこまでやってくださって」
 ミレイユがにじり寄って夫と手を重ねると、テオフィルは頬をゆるめて握り返した。
「思ったんだ。 この窮地を救い出すことができたら、アンリエット・オードラン嬢は君を許し、仲直りできるんじゃないかと」
 とたんにミレイユの大きな瞳が、涙で一杯になった。 そして、思い切り夫に抱きついて胸に顔を埋めた。









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