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親友が心配
それからミレイユは、これまで詳しく話せなかった親友との仲を、夫にぽつぽつと語った。
「リリのこと、覚えている?」
「ああ、もちろんだ。 君の親友だろう?」
「ええ、ただ一人の。 でも私は、彼女をひどい形で裏切ったの。 彼女のお母さんに危ないところを救ってもらったのに、挨拶できずに黙って立ち去ることになった」
「事情があったんだろう?」
テオフィルは静かに訊き返した。
「君にそんな非礼なことができるわけがない。 そのリリさんにも、わかったんじゃないか?」
知らない間に、ミレイユはすすり泣いていた。 必死で書いた三通の手紙を無視された苦痛が、どっと蘇ってきた。
「お詫びの手紙を出したけれど、返事は来なかった。 きっと憎まれているんだわ」
「じゃ、そんな人は親友じゃない」
意外にも、テオフィルはばっさり切って捨てた。
「君には事情があったはずだ。 それを説明したんだろう? たとえ許せなくても、そう返事に書けばいい。 それさえできないで門前払いなら、親友と呼ぶのに値しないよ」
「でもリリは親友なの!」
ミレイユは涙を払って叫んだ。
「そして、警察に捕まったというこのリリの婚約者、ピエール・ベルトーという人は、リリの送り迎えをしていたハンサムなピエロなのよ。 彼はリリをずっと愛していた。 態度には見せなかったけど、ときどき見つめる目でわかったわ。
結婚が決まったのは、リリも彼を好きになったから。 ピエロの夢が、やっと叶ったのよ。 そんなときに、喧嘩で人を傷つけるわけがない。 彼は絶対に無実だわ」
懸命に訴える妻の肩を抱いて、テオフィルはしばらく考えていた。
そのうちに、馬車はゆっくり角を曲がって、懐かしい旧モンルー侯爵夫人邸に到着した。
前もって連絡を受けて、広い邸内はきれいに掃き清められ、充分に暖められて快適だった。
使用人たちも喜んで迎えてくれた。 特に皆と顔見知りのミレイユはちやほやされた。
「本当にお久しぶりです! お嬢様……いえ、奥様がこんなに可愛らしいお子様達をお連れになって戻られるなんて、本当にめでたい限りです」
女中頭のルマール夫人は笑み崩れ、侯爵のパリ本邸から呼び戻した料理番も腕によりをかけてご馳走を作った。
「やはり、こっちの屋敷のほうが居心地がいいだろう? 向こうはまだ男仕様のままだからな」
妻をくつろがせたいというテオフィルのさりげない心遣いを知っているミレイユは、使用人の前も構わず、彼に腕を回して頬を重ねた。
「いつもありがとう。 申し訳ないぐらいに親切にしてくださるのね」
「それは君が君だから。 計算や駆引きのない君が、大好きなんだ」
ぎゅっと抱きしめあって腕をゆるめると、周囲の使用人たちが一斉に口をあけているのが目に映った。 みんながあっけに取られていた。 この屋敷を後にしたときのおどおどした気の弱い少女と、今の幸福に充ちて輝く人妻が、なかなか結びつかないのだろう。
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