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再びパリへ
翌年の秋は、早くから気温が低くなった。
そして雨が例年の半分ほどしか降らず、乾燥した空気の中、インフルエンザが猛威を振るった。
北部にあるアミアンには、港町のディエップで発生した流行がせまりつつあった。 フェカンに住む友人から知らせを受けて、テオフィルはすぐ決意した。 一家は今や三人の幼児を抱えているし、テオフィルにとっては子供と同じに、いやむしろ子供以上に大切な愛妻もいる。 大学時代、親友をインフルエンザの悪化で失っているテオフィルは、領地の中で一番南にあるオルレアンへ、ただちに避難することにした。
「今ならゆっくりと、みんなを疲れさせずに旅行できる。 向こうはいいところだよ、景色がすばらしいし、料理もうまい。 子供たちに侯爵領を見せるのも悪くないだろう?」
そう言われても、ミレイユは最初ためらった。 オルレアンまでは二百五十キロある。 五歳半と四歳と二歳の愛児を連れて旅をするのは大変だし、疲れさせて他の病気にならないかと心配だ。
「それが、以前とは違ってずいぶん楽になったんだ。 侯爵を継いだときに、列車を借り切って戻ってきたろう? あれが快適でね。 なにしろ上等なベッドで眠れるんだから。 少し揺れるけどね」
風邪の脅威が少ない途中の町に寄って、いろいろ買物もできるし、と、テオフィルはミレイユを懸命に説得した。
買物はともかく、夫と旅をするのは楽しいだろう。 前にパリからアミアンまで行ったときは、新婚早々で彼をよく知らず、緊張していた。 だが今は、夫の性格のよさと、たぐまぬユーモアと、妻子への献身的な愛情に支えられている。
それでも慎重に一日考えた後、ミレイユは荷造りを始めて、テオフィルを喜ばせた。
北部の鉄道は、みなパリに集まる。 コンビエーニュ、シャンティイーに立ち寄った後、一家の汽車も真冬の首都に到着した。
物流の盛んなパリだが、幸いまだインフルエンザは襲来していなかった。 聖誕祭の月に入り、不景気な中でも街には華やかさが感じられる。 汽車の長旅をいったん中断し、一家は旧モンルー侯爵夫人邸に十日ほど滞在することにした。
混雑する通りを馬車で悠々と進んでいる最中、少年たちが声を嗄らして新聞を売りまくっているのに気づいたテオフィルが、馬車を止めさせて一枚受け取った。
その新聞は、失政を繰り返しているルイ・フィリップへの批判と、警察のだらしなさ、それについ最近起こった殺人事件を取り上げていた。
殺人といっても、よくある裏町の喧嘩沙汰だった。 酒屋の若い店員が酔っ払って、通りすがりの男を刺してしまったという事件だ。
騒がしい街を珍しがって馬車の窓にへばりつくマッティを抱きとめようとして、ミレイユが座席から落ちそうになったので、テオフィルは素早く手を伸ばして二人を同時に囲い込んだ。
「ほら、マッティ、あと十五分ぐらいで屋敷に着くから。 あっちにも可愛いポニーがいるし、迷路もあるよ」
「メイロ?」
初めて聞く言葉に、マッティはわくわく顔になった。
「メイロってなに?」
「木を植えて作った回り道だ。 遊び方を教えてやるから、一緒に行こう」
男同士で盛り上がっている間に、ミレイユは馬車の床に落ちた新聞を何げなく拾い上げて、目を通した。
「パリは相変わらずね。 ぶっそうな事件があちこちに……」
ミレイユの声が不意に途切れ、ついでかすかな悲鳴が口から漏れた。
テオフィルはポケットから親子合わせのカードを出して、息子と娘を遊ばせてやろうとしていたが、妻の異変に気づいて手を止めた。
「どうした?」
紙面の下半分を見つめたまま、ミレイユは片手を口に当てた。
「この酒屋…… オードラン酒店って、私の親友の店なの……!」
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