表紙

 -91- 気の毒な話




 お母様? あなたの……?
 夫の涙とメダルとで、ミレイユは瞬時に事態を悟った。 そして、テオフィルが気の毒でたまらなくなり、両腕で引き寄せて抱きしめた。
 しばらく静かに涙を流した後、テオフィルはミレイユと共にカウチに座り、ぽつぽつと話し出した。
「母の近くで死んでいた男は、粗末な義足をつけていた。 たぶん戦地帰りの傷病兵で、領地に迷い込んでたまたま見かけた母に強盗を働いたんだろう。
 だが母も黙って襲われてはいなかった。 子供のころからおてんばで知られていたそうだから。 あんな人けのないところに引っ張りこまれても諦めず、枝で反撃した。 男の腰骨の辺りに、尖った枯れ枝がささっていたよ。
 おそらく致命傷だが、惜しいことに胸ではなく腹だった。 だから男はまだ動けた。 奴は逆上して母の首を締め……」
 話を聞くうちにミレイユは震え出した。 パリでやくざに襲われた恐怖の時間が、昨日のことのようによみがえってきたのだ。
 妻の肩を抱き、窓の外をぼんやり眺めながら、テオフィルは締めくくった。
「後で来たルヴォワ判事も同じ意見だった。 男の義足に番号がついていたから、軍に紹介すればきっと身元がわかるだろう」
 いつもは響きのいい声が、低くかすれた。
「宝石を持って逃げたなどという無責任な噂は、どこから出たんだ。 母はきっと、一人で乗馬していただけだ。 考えてみれば無用心な話だが、いつも乗っていて何ともなかったんだろう」
「こんなのどかな土地ですものね。 まさか兵隊崩れの強盗が通りかかるなんて」
「馬のボーシャンは、よく見つけたな。 いや、もしかすると母の霊が孫を呼び寄せたのか」
 本当にそうかもしれない。 お義母様は二十年以上森の奥に横たわって、誰かが見つけてくれ、濡れ衣が晴らされる日を待っていたのだ。


 ルヴォワ判事と裁判所により、前伯爵夫人ヴェロニク・ダルシアックは強盗に襲われて非業の死を遂げたと、正式に発表された。
 彼女の骨は祝福を受け、丁重な葬儀の後、伯爵邸の礼拝堂に納骨された。 葬儀には、口さがない噂を広めた近所の人々も招待され、後味の悪そうな顔で参列した。
 犯人の素性も、一ヵ月後に判明した。 陸軍の元伍長でロイクという男だった。


 深く悲しんだ後、テオフィルは以前より明るくなった。 母に捨てられたという苦しみが誤解だったとわかった今、子供時代の思い出から影が消え、幸せな記憶を安心して信じることができるようになったからだ。
 アランブール伯爵家伝来の宝石がどうなったか、という謎は残ったが、テオフィルとミレイユにとって装飾品は大した問題ではなかった。 二人とも大富豪で、同じような値打ちのものを揃えようと思えばいつでもできる。
 こうしてマッティの冒険は意外な結末を迎え、伯爵家の醜聞はすべて消えて、仲良し夫妻の心配は領地の繁栄と子供達の健康だけになった。








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