表紙

 -90- 骨は誰の物




 一時間ほどして、テオフィルが近侍のブレソールと共に帰宅した。
 待ちかねていたビセンテとミレイユが駆け寄り、他の使用人たちもわらわらと集まって、玄関広間にちょっとした人だかりができた。
「お帰りを待っていたのよ、あなた!」
「大変なものを見つけてしまいまして!」
 妻と家令の二人に詰め寄られ、テオフィルはたじたじとなった。
「どうした?」
 死体、という言葉を口にできなくて、ミレイユはビセンテの背中を押して前に出した。 それでビセンテは、口を震わせながら報告した。
「あの、トネール川近くの森で、白骨死体が二体発見されました」


 一瞬茫然〔ぼうぜん〕とした後、テオフィルはすぐ立ち直った。 横で口を開けているブレソールに指示して、すぐ地域判事のルヴォワを呼びに行かせた後、最初に知らせに来たジェレミーに、現場へ案内させた。
 度胸のある使用人が数人、一緒についていった。 ミレイユもおそるおそるながら同行しようとしたが、テオフィルは止めた。
「見たところ、ずいぶん古い骨だそうだ。 君がここに来る前の事件だから、何の関係もない。 心配しないで、ここで子供達を安心させてやってくれ」


 だからミレイユは子供部屋に戻り、外遊びに飽きて戻ってきたマッティも交えて、小さなおもちゃの兵隊を並べ、長男対長女プラス母連合軍の白兵戦を始めた。
 戦いは白熱し、両軍とも大半の兵士が戦死したところで、重い足音が廊下を近づいてきて、扉が開いた。
 すぐマッティが、座り込んだ床から立ち上がり、無言で入ってきたテオフィルの膝にしがみついた。
「お父様! おかえりなさい」
「ただいま」
 かすれぎみの声で応じると、テオフィルは束の間、見上げる息子の笑顔に見入ってから、顎に手をかけて軽く持ち上げた。
「ボーシャンに乗って、一人で林に行ったんだって?」
 マッティはとたんに笑いを消し、しおらしく首を垂れてみせた。
「ごめんなさい」
「それで危ない目に遭った。 わかってるな?」
「はい」
「今回は許す。 だが、次にやったらお仕置きだぞ」
 子供はうなだれ、ミレイユは可哀想でたまらなくなって手をもみしだいた。
 だが、テオフィルが肩をポンと叩いて解放すると、マッティは瞬く間に笑顔に戻って、自軍の前線に走って帰り、妹の青服軍をビー玉で攻撃しはじめた。
 その姿を目で追いながら、テオフィルは小声で妻に囁いた。
「けろっとしている。 いい度胸だよ。 誰に似たのか」
「私でないことは確かだわ」
 ミレイユは口に手を当てて笑いをこらえた。
 その横に、テオフィルはどっかと座り込み、なだれのように押し寄せるビー玉の群れを指ではじき返して、マッティを憤慨させた。
「お父様までヴァレリーの味方になっちゃって。 そっちが多すぎるよ」
「お母様と交代したんだ。 それに、おまえのほうが大きく勝ってるじゃないか。 こっちは残り五人しかいない」
 むきになったマッティが両手で玉をぶつけた結果、その五人もすぐ戦死した。 くやしがるヴァレリーを尻目に勝ちどきを上げるマッティへ敬礼した後、テオフィルはミレイユに手を貸して立ち上がらせ、後は子守に任せて、自分の居間に連れて行った。
 ミレイユはテオフィルの顔色が悪いのに気づいていた。 それで、居間に入って彼が扉を閉めるとすぐ、そっと訊いてみた。
「お気の毒な遺体は、どんな様子だった?」
 テオフィルはぎゅっと目をつぶった後、ゆっくり開いた。 その目尻から涙が糸を引くのを見て、ミレイユはびっくりした。
「テオ……?」
 テオフィルの手がゆっくり上着のポケットに入り、鈍く光る細い鎖を引き出した。 鎖の先には、繊細な彫りの入った金色のメダルがついていた。
 そのメダルを裏返し、テオフィルは妻の目の前に差し出した。
「ここに"V.A.de C"と刻んである。 ヴェロニク・アデリーヌ・ド・シャントルイユの略。 シャントルイユは母の旧姓だ」







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