表紙

 -88- 足元の恐怖




 翌年の秋になると、テオフィルは息子に乗馬を教えはじめた。
 まず初めは自分の前鞍に乗せて、高い位置で揺られる感覚に慣れさせた。 父の腕に守られているので、マッツは全然怖がらず、遊びと思って喜んだ。
 これを二週間ほど続けると、子供のほうから、お父さんみたいに一人で乗ってみたいと言い出した。 これこそテオフィルの待っていた反応だった。
 さっそくおとなしい斑のポニーを選び、子供用の鞍をつけてまたがらせてみると、年齢のわりには大きいマッツは、うまくバランスを取った。 そこで、まずテオフィルが手綱を取って歩かせた。
 やがて引き手がジェレミーに代わっても、マッツは平気で乗るようになった。 ここまで来れば、もう半分目標を達したようなものだった。


 ミレイユは、最初はらはらしながら見守っていた。 だが、口は出さず、夫を信頼して訓練を任せた。
 テオフィルは上手に息子を誘い、秋が深まる前に手綱を持たせた。 茶色の馬は心得たもので、鞍の上で子供がはしゃいでも落ち着いたまま、一定の歩幅で、ただ方向だけを変えた。


 やがて、裏庭を巡るだけの日々に、マッツは飽きてしまった。 もっと広い『お外』に出たいと言い出して、ジェレミーを振り切って小道に入り、トネール川へ向かった。
 慌てたジェレミーは、まず走って追いかけたが、なんとマッツは馬のボーシャンの腹を軽く蹴って合図して、早足にさせた。
「いつ覚えたんだ、あんな技!」
 川へはゆるやかな下り坂になっている。 ボーシャンがこけてマッツが落ちたら大変だ。 ジェレミーは血相を変えて馬房に駈けていき、自分も馬に乗って探しに戻った。


 そのころ、マッツはご機嫌で、馬の首に抱きついたりしながら移動していた。 馬は林の中に入り、小枝や枯れ葉の溜まった柔らかい地面をポクポクと気持ちよさそうに歩いた。
 やがて一人と一匹は、ふだん人の通らない西の奥に入り込んだ。 そこは日当たりが悪く、朽木が何本も倒れて足元を塞いでいた。
 馬のボーシャンも、間もなく前へ進めなくなって立ち止まった。 マッツは、最初じれて馬の腹を挟んでみたものの、下を見て子供ながら事情を飲み込んだ。
「動けないんだね。 じゃ、あっち行こうか」
 向きを変えさせようと手綱を引いたが、馬の蹄が何かに引っかかってしまった。 マッツは口を尖らせ、よっこいしょと鞍から滑り降りた。
 馬が踏んでいるのは、黒っぽい網のようなものだった。 マッツは首をかしげ、ボーシャンの脚を取って、持ち上げて外そうとした。
 そこへ新しい蹄の音が近づいてきた。
「マッツ様! そんなところにいらしたんですか! 落ちたんですか? お怪我は?」
「落ちてないよ。 自分で降りたの」
 マッツはかがみこんだまま、ジェレミーに助けを求めた。
「はさまっちゃってる。 取って」
 言われたとおりに膝を折ってボーシャンの足元を見たジェレミーは、手を伸ばす代わりに悲鳴を上げ、どしんと尻餅をついた。


 数分後、ジェレミーはほうほうの体で、マッツを乗せたボーシャンと自分の馬を引っ張りながら馬屋に戻った。
「親方、親方!」
「なんだよ大声で」
 面倒くさそうに出てきたリュカは、顔面蒼白なジェレミーにしがみつかれて驚いた。
「おい、落ち着け」
「ト、トネール川の西」
「西がどうした」
「林の奥に、骨、骨!」
「骨?」
「はい、人の骨が、二つ!」





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