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やっと帰宅
テオフィルの切なる願いにもかかわらず、オルレアン滞在は二ヶ月に長引いた。
先代のドミエ侯爵は数年に一度しか故郷に戻らず、領地が旅費を調達するだけの場所になってしまっていたため、いくら有能な管理人がいても経理が行き届かず、相続財産がどれだけあるのか、調べまくらないとわからなかったのだ。
ようやく整理が終わり、すべての所有物の明細を出して相続税を納めると、春が過ぎて夏になっていた。
テオフィルは新しく入った収入の一部を使って、列車を一両借り切り、大小の土産を山ほど積んで、凄い勢いでアミアンに戻った。
家具や絵画まで含んだ土産を運ぶには、鉄道駅の近くで荷馬車を二台借りなければならないほどだった。
故郷では、ミレイユだけでなくマリオットの妻リュシルも、夫たちの帰りを首を長くして待っていた。
リュシルはパリの本屋の娘で、まじめな性格だがユーモアがあり、子供好きだった。 ミレイユの子供たちをとても可愛がって、乳母のドロテと共によくマッツの遊び相手になってくれている。 秋には初めての子が生まれる予定で、楽しみにしていた。
そんな二人の妻のところへ、アミアンの駅から帰宅の知らせが届いた。 ミレイユとリュシルは抱き合って喜び、屋敷も一気に活気付いて、いつも以上に丁寧な掃除が行なわれ、上を下への大騒ぎになった。
最初に戻ってきたのは、テオフィル一人だった。 一秒でも早く家にたどり着きたくて、駿馬を買って飛ばしてきたのだ。
マリオットは乗馬が得意ではないため、荷馬車の監督をしながら後からついてくることになった。
夏の日差しの中、馬ともども汗びっしょりになって、テオフィルは正門から玄関前まで一気に駈け抜け、ひらりと飛び降りた。
若い馬はまだ走れそうに首をもたげていたが、すぐ馬番のミシェルに連れられていき、丁寧に面倒を見てもらった。
テオフィルが玄関階段を駆け上がるのと同時に、ミレイユも広間から走り出してきた。 家令のビセンテが一杯の笑顔で大扉を開けたとたん、敷居のところで、二人はぶつかるように出会い、テオフィルが妻を軽々と抱き上げてキスした。
「ただいま! ああ、やっと帰れた」
「寂しかったわ! 元気そうで本当によかった」
「君も」
頬ずりしてから、改めてミレイユのほんのり頬を染めた笑顔をしみじみと眺め、テオフィルは目が覚める思いがした。
「君って、こんなに綺麗だったんだね」
「え?」
ミレイユは驚き、ますます顔を赤らめた。
「わたしにはもったいない、と人に言われそうだ」
「綺麗に見えるとしたら、きっと恋してるから」
まだ軽々と持ち上げている夫の肩に顔を埋め、家令に聞こえないようにミレイユは小声で囁いた。
「もう落ち着いてでっぷりした二児の母になっちゃったけど、それでも心は若妻なの」
「どこが太ってる?」
テオフィルが耳元で低く笑った。
「こんなに軽くてしなやかなのに」
実際、ミレイユは贅肉がつかない体質で、出産時には十五キロほど増えていた体重が、今ではほぼ元に戻っていた。
「マッツとよく追いかけっこするのが効いているのかしら」
ちょうどそのとき、庭のほうから騒ぎを聞きつけて、マッツが毬を転がすように走ってきた。
「お父様! お父様だ!」
「そうだよ。 今帰った」
まだミレイユに片腕を巻いたまま、テオフィルは腰をかがめて右手で息子を抱き取った。
「おぉ、また大きくなったな」
「ね、お父様。 ぼく妹ができたんだよ。 ぼくがくすぐると、きゃーきゃーって笑うの」
「すばらしいね。 赤ちゃんのところにお父さんを案内してくれるか?」
「うん! こっちだよ」
幼児は得意そうに家の中を指差し、夫妻はマッツを挟んで腕を回しあいながら、弾む足取りで玄関を入っていった。
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