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苦い思い出
ダルシアック夫妻は、位が上がるのをそんなに喜ばなかった。
特にテオフィルは、家族と過ごす故郷の生活が楽しすぎて、わざわざ侯爵を継ぐためにオルレアンやパリまで出かけていくのを嫌がった。
「礼拝堂の壁を直す作業があるし、新しい馬の調教もしたい。 それに何より君の体が」
「私は大丈夫よ」
ミレイユは明るくお腹を撫でてみせた。
「二度目のお産は一度目より軽いというわ。 今度こそ女の子じゃないかと思うし。 ほら、女の子のほうが小さめで、育てやすいというでしょう?」
「なおさら傍にいたい。 マッツが生まれたときと同じに、真っ先に顔を見て安心したいし、祝福もしたいんだ」
二人の大切な長男は、マティアス・ブレーズと名づけられ、大病せずにすくすくと育って、マッツと愛称で呼ばれながら、短い脚で犬と共に走り回っていた。
「叔父さんも叔父さんだ。 いつだって連絡が取れず、勝手に旅行しまわっていたくせに、出産予定日まであと一週間半というときに、突然死んで発見されなくてもいいだろうに」
テオフィルの勝手な苦情に、ミレイユは困って笑顔になった。
「足がすべって事故死なさったんでしょう? 死ぬ日は自分で選べないわ」
「じゃ、わたしを後継者に選んだのが悪い」
テオフィルは負けずに言い放った。
「でも弁護士さんによれば、他のご親戚のお一人は賭け事好きで、もうお一方は家族の食費も出しおしむほどの始末屋さんだとか」
「要するに賭博マニアとドケチだ。 金の使いすぎと使わなすぎ。 どちらも叔父さんの領地を台無しにしてしまう」
頭を抱えて、テオフィルは広い部屋を丸く歩き回った。
「おまけにどちらも人に威張りちらすのが好きだそうだ。 それを知っていたから、二年前に襲われたとき、てっきりうちの親戚が狙ってきたのかと思ったんだ。 考えすぎだったが」
「どちらもジュスタン叔父ほど欲張りで冷酷ではなかったということね」
ミレイユがしょんぼりしたため、テオフィルは慌てて慰めた。
「君が気にすることはない。 叔母上の婿というだけで、血はつながっていないんだし。
その点、わたしのほうは間違いなく血縁だよ。 続き柄は遠いが。 マッツが彼らに似て、賭け事やケチが好きにならないといいね」
冗談めかした言い方に、思わずミレイユは吹き出して、夫の腕に倒れこんだ。
翌々日、テオフィルはしぶしぶ旅支度をして、まずパリへの旅に出た。 役所で正式な相続手続きを済ませ、それから花の都を越えて、中部の都市オルレアン近郊にある侯爵領に向かうのだ。
今度の旅には、事務に強いマリオットも連れて行くことになる。 テオフィルはいっそう身重なミレイユを心配して、使用人たちだけでなく近所の住民にも、くれぐれもよろしくと頼んでいった。
夫がいないのは寂しいし心細いけれど、妊娠中で旅に同行しないですんで、ミレイユはほっとしていた。
パリには、もう戻りたくなかった。 大切にしてくれたモンルー侯爵夫人のいない屋敷に行きたくないし、学校の仲間たちにばったり出会うのが怖かった。
リリ……。
誰よりも懐かしく、大好きな友。
でも、リリはきっと、ミレイユの顔を見るのも嫌だと思っているはずだ。
リリと母親のイヴォンヌの二人には、一生かかっても返せないほど恩になったのに、ミレイユは二人を無視し、礼の言葉さえ言わないで、パリを去ることになってしまったのだ。
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