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安産と継承
それからは、結婚まもなくの波乱の日々が嘘のように、平和な時間が続いた。
テオフィルはすっかり落ち着いて、元の田舎地主に戻った。 午前中は家の修理や庭の点検、管理の仕事などに時間を使い、午後は近所の人の訪問を受けたり、趣味の家具作りに精を出したりした。
そんな淡々とした日常の中で、テオフィルが普通の地主たちと少し違うのは、時間があるとすぐ妻のもとに顔を出すことだった。
二人はよく話をした。 領地や近所のできごとはもちろん、今は特に子供部屋の内装を相談しあい、生まれる子供の名前をいくつも考えた。
もう安全といって大丈夫なのに、テオフィルは未だに悪夢から抜けきれず、ミレイユが外出するときにはできるだけついていった。
だから自然に、教会にも毎週行くことになり、夫婦仲のよさが周囲に知れ渡った。 もう無愛想な男と誤解されることはなく、女中を誘惑したという無責任な噂は消えていった。
穏やかな幸せの中、ミレイユは順調に出産日を迎えた。 妻の優しい表情から、きっと女の子が授かると思い込み、高価な人形を早手回しに買っていたテオフィルは、妻の金髪と自分の骨格を受け継いだ男の子が、元気に泣き喚きながら生まれてきたので、あっけに取られた。
「男? なんで!」
六時間にわたる苦闘で疲れていたが、ミレイユはきょとんとした夫の顔を見ると、笑いをこらえきれなかった。
「さあ、なんでかしら。 健康な子で本当に嬉しいわ」
「男の子か。 木馬とおもちゃの剣を買ってこなくちゃな」
「剣を振り回せるのは、もう少し経ってからよ。 一歳の誕生祝にいかが?」
「そうしよう。 兵隊人形のセットもいいな。 それに絵本や子供用の橇〔そり〕、コマやポニーも」
親になった実感が次第にこみあげてきて、テオフィルは意気込んだ。
「男の子か。 いろんなことを教えてやろう。 泳ぎとか、釣り、もちろん乗馬も」
そして、母子ともに腕に抱き入れ、ミレイユに熱くキスした。
「ありがとう。 君は本当にわたしを幸せにしてくれる」
「あなたこそ」
大仕事をやり終え、疲れきったミレイユは、何度も閉じようとする瞼をこじあけて、眠たげに囁いた。
「あなたは約束以上のことをしてくれたわ。 私に望みのすべてをくれた」
アランブール伯爵家に丈夫な跡継ぎが誕生したという知らせは、すぐに新聞の社交欄で発表され、遠い親戚の耳にも入った。
後継者の夢を断たれた親戚たちは、さぞがっかりしたことだろう。 しかも、落胆に追い討ちをかけるように、思わぬニュースが二年後に駆け巡った。
それは、変わり者として知られたユージェーヌ・カバネルの消息についてだった。 カバネルは高位の貴族ながら称号を嫌い、楽な作業衣を着て専門のトカゲの研究に各国を飛び回っているという男で、これまで何度も行方不明になっていたが、遂に南米の河のほとりで命を落としたのだ。
で、その変人カバネルことドミエ侯爵は、三人いる甥のうち、テオフィル・ダルシアックを遺言状で後継ぎに指名していた。
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