表紙

 -81- 署名させる




 ジュスタンは、穴が開くほど姪を凝視した。
 そして、ミレイユが本気だと悟り、表情を変えた。
「ふざけたことを言うな! わたしは、ふさわしくない男から姪を取り戻しに来ただけだ! 他のことなど何も知らん!」
「親戚を迎えに来るのに、覆面をつけて? そんな言い訳は通用しません。 ジェレミー、その人に覆面をかけ直して。 強盗犯なら、その場で殺しても罪にはならないわ」
「おいっ! わたしは貴族だぞ! そんなことをすれば、お前だって死刑だ!」
「あなたが誰か知っているのは、夫と私と、ここにいる私達の信用できる使用人たちだけ。 あなたの正体は誰にもわからないわ」
「死人に口なし、ですよね」
 マリオットが、小気味よさそうに付け加えた。
 ジュスタンの目が、逃げ場を求めて左右に動いた。 だが、利き腕に負傷していて動きがにぶい上、ボート小屋の番人も駆けつけてきて、道をふさいでいた。
 ジェレミーが被せる覆面を払いのけようと顔をそらしながら、ジュスタンは声を振り絞った。
「やめろ! もうお前のことなんか、どうでもいい、 勝手に不幸になれ! わたしは領地に戻る!」


 勝った……!
 遂にジュスタンから敗北宣言を引き出した瞬間、ミレイユは全身の力が抜け、崩れ落ちそうになった。
 その様子に気づいたマリオットが、急いで背後から目立たぬように支えた。 ミレイユも、すぐ足を踏み換えて、懸命に立ち直った。
 あと少し。 もう一がんばりで、この金の亡者を追い払うことができる。
「信用できないわ。 ここで根を絶ってしまえば、私達は永久に安心して暮らせるのよ」
「待て! 撃つな! いったいどうすれば、お前はわたしを信じるんだ!」
 そこで満を持して、マリオットが進み出た。 手には、用意した書類が握られていた。
「これに署名をしてください」
「何だ!」
「貴方がフィリップ・バイエ卿を雇って、奥方様を詐欺にかけようとしたことを証明する書類です」
「何だと?」
 マリオットは落ち着き払って、もう一枚の書類を取り出した。
「では、こちらにしますか? これは、共犯者としての告白です。 貴方が卿だけでなく、この館の家令ジェデオンと組んで、我らの殿様を殺害しようとしたと書いてあります」
「嘘だ!」
「法的拘束力は、ちゃんと存在します。 たとえ貴族でも、殺人の共犯は斬首刑です」
「そんな告白、するわけがない! バイエの奴はわたしを知らないはずだ!」
 マリオットは、素早くミレイユと目を見交わした。
「誰がバイエ卿の告白だと言いました? 書いたのはジェデオンですよ」
 ジュスタンの口の端が、だらりと下がった。 彼が信じたのは明らかだった。
 そこでマリオットは、もう一押しした。
「ジェデオンは落馬して死にました。 これが最後の告白になったわけです。 裁判所は有効と認めるでしょう」
「……わかった」
 声から迫力が失せた。 ジュスタンは髪を乱してうつむき、マリオットが差し出す新式の万年筆を使って、詐欺の告白書に署名した。


 その後、傷の手当てが得意な馬番のギュスターヴが、ジュスタンの矢傷の応急手当を行なった。 矢は腕の肉に刺さっただけで、骨には届かず、アルコールで消毒すれば半月ほどで動かせるようになるだろうと、ギュスターヴは請けあった。
 しっかり包帯を巻いている間に、マリオットはむっつりしたジュスタンから、代理人をつとめた最後の共犯者が誰か聞き出した。
 それは、フィリップ・バイエを探しに行ったとき、見つける仕事を頼んだ探偵だった。 フィリップは、従兄によく似ているのを利用して、従兄のふりをして賭け事をやって借金を押し付けたり、服装から話し方まで真似て女性を騙したりするので、悪評がとどろいていた。
 社交界に詳しいジュスタンは、その噂を利用して、ミレイユと親しく出歩いていたというセレスタン・バイエに化けさせて、うまく彼女を連れ出そうと計画したのだ。





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