表紙

 -80- 大きな賭け




 男は怒声を上げて怪我をした腕を掴み、そのまま林の中に逃げ込みをはかった。 だが大胆にも、男を振り払ったミレイユが大きく足を広げて前に回り、両手を広げて通せんぼした。
 二人は取っ組み合い、意外にもミレイユのほうが大柄な覆面男を突いて、木の幹に押し付けた。 その勢いでひらひらした大きな帽子が飛んだ。
 下から現われたのは、ミレイユの清楚な顔立ちではなく、ジェレミーの元気一杯な表情だった。 予想外に少年と顔を突き合わせた覆面男は、低く呻いてたじろいだ。
 小舟を収納する小屋のほうから、地味な藍色の服に着替えた、本物のミレイユが現われた。 横にはしっかりとマリオットが従っていた。
 彼女が手につがえた弓が、すべてを物語っていた。 昔、一人ぼっちで叔父の領地を歩き回っていたとき、屋根裏で見つけた弓矢を使って、どれだけ練習したことか。
 マリオットが足を早めて先に男に近づき、覆面をもぎ取った。 その下には、今度こそ予想通りの顔が、痛みに歪んでいた。


 ミレイユは反射的に、再び矢先を叔父のジュスタンに向けた。
 寂しかった子供の頃、木の枝にぶら下げた的を狙うたびに、内心で叔父の顔を思い浮かべていたことが思い出される。 まさかこうして現実になろうとは、想像もしなかったが。
 ジュスタンはあわてて、怪我をしていないほうの腕を上げ、身を守ろうとした。
 やりきれない気持ちで、ミレイユは彼に固い声で呼びかけた。
「やはり叔父様だったんですね。 叔父様がフィリップ・バイエたちを操って、私達に攻撃を仕掛けた」
 ジュスタンの右腕から、じわじわと血がしたたり落ちた。 それでも彼は昂然と顔を上げ、義理の姪を精一杯睨み返した。
「いつからそんなに生意気になった。 哀れな孤児だったお前を引き取り、生き延びさせたのは、このわたしだぞ。 わたしは命の恩人だ。 だからお前のものは、すべてわたしのものなんだ」
「いいえ」
 ミレイユは声を大きくして反論した。 もうおとなしく黙っている少女ではなかった。
「あなたは大叔母様から私を奪っただけです! もっと早くパリで大叔母様と住みたかった。 そうできたら、どんなに幸せな少女時代が過ごせたか」
「あのバカ女が!」
 臆面もなく、ジュスタンは吐き捨てた。
「わたしに相談もなく、おまえを結婚させやがって」
「そうです、私はもう人の妻。 あなたの力は及びません」
「出し抜いたつもりだったんだな。 あんな大きいだけのデクの棒を婿に選ぶとはな」
「テオフィルを殺そうとしたのね」
「気づいたのさ。 奴を始末すれば、夫の財産も、残された妻のお前のものになるとな」
 この男の強欲は、とどまるところを知らないのだ。 ミレイユは心底うんざりした。
「伯爵の領地は、遠い親戚の元に行くわ」
「だが、あのお人よしはお前に動産を残すはずだ」
「未亡人にはもう後見人は要らないのよ。 私は一人で暮らしていける」
「そんなことを、このわたしが許すと思うのか?」
「許さないでしょうね」
 ミレイユの顔が、仮面のようになった。 温かみも優しさも消え、ただ氷のように冷たく。
「あなたには何を言っても無駄。 生きている限り、私の幸せを壊し、夫の命を狙うでしょう。
 だから、事故で死んでいただくわ。 それしか道がないのだから」





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