表紙

 -79- 目には目を




 ジュスタン・デフォルジュ。
 ミレイユの生涯の敵ともいうべき存在。
 大好きだったリディアーヌ叔母の、憎むべき夫。


 すばらしい人と結婚して気持ちが安定した後、ミレイユは昔の不幸な生活を、心に波風立てずに少しずつ思い出せるようになった。
 そして、いくつか重大なことを発見した。 特に、叔父から逃れて野山をさまよっていたときに逢った羊飼いの言葉が、新しい重要性を帯びて蘇〔よみがえ〕ってきた。
「お嬢ちゃん。 奥方様(=リディアーヌ夫人)、お気の毒だったねえ。 優しいお方だったのに。
 リュックの家はチフスで大変だったんだ。 村では評判だったんだよ。 なんで殿様はあんな時に、奥方様が小作人の慰問に行くのをお許しになったんかねえ」
 行かなければ、叔母様は死なずにすんだ。
 もしかすると、チフスがうつるのを期待して、叔父はわざと黙っていたのではないか。
 手を下して殺したわけではなくても、死ねばいいと願っていたかもしれない……
 その疑いを、ミレイユはこれまで懸命に打ち消してきた。 なぜなら、認めれば、自分のせいで大好きな叔母が死に追いやられたことになると気づいたからだ。
 叔父はミレイユに無関心なのではなかった。 リディアーヌ叔母がミレイユを引き取ってから、ずっと狙っていたのだ。 冷たく扱ったのは、本心を悟られないため。 パリの尼僧学院に入れたのも、女しかいない環境に置いて、適齢期の男たちから遠ざけるためだった。


 モンルー侯爵夫人は、ジュスタンの性格を妹のリディアーヌよりずっと正確に見抜いていた。 そして、テオフィルと子爵に後を託して、ミレイユを守ってくれたのだ。
 今度は私が、愛するテオフィルを叔父の執念から守る番だ──そうミレイユは固く決心した。




 午後の五時。 秋に近づいて急速に日が短くなっているとはいえ、北フランスではまだ太陽は中空に輝き、のんびりと大地を照らしていた。
 そんなのどかな夕方のひととき、モスリンの散歩着をまとったミレイユが、愛犬のシュシュを伴って、散歩に現われた。
 日差しがまだ強いため、縁の広い帽子に布を巻いて被っている。 シュシュがはしゃいで鳴くのを振り返る仕草がたおやかだった。
 五歩ほど間を置いて、若くて丈夫な下働きのベットがついて歩いていた。 そして更にその後から、棍棒を握ったジェレミーも従っていた。
 ミレイユは屋敷の裏手に回り、まっすぐ川へ降りていった。 例の『鬼』が目撃された林の方角だ。
 彼女が川岸で立ち止まると、連れていたシュシュが水面にいる鴨を見つけて、高い声で吠えた。
 次の瞬間、林の木陰から覆面をした男が飛び出してきた。 そして、ほっそりしたミレイユの体を抱きすくめ、一気に連れ去ろうとした。
 だが実際に起こったのは、誘拐犯の予想しなかった展開だった。 ミレイユはひらりと身を避けると同時に、隠し持っていたナイフをひらめかせて、男に素早く切りつけた。
 危うく男が飛びすさったとたん、今度は風を切って矢が空気を割った。 そして、男の腕に深々と突き刺さった。







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