表紙

 -78- 我慢の限界




 一度話してしまうと、フィリップ・バイエの口は軽くなり、ぺらぺらとしゃべり出した。 なんとか言い逃れて、罪を軽くしたいという思いからだろう。
「おれはそもそも、こんなことはやりたくなかったんだ。 おれの役目はたった一つ、モンシャルムの真似をして美人の女相続人をたらしこんで、この屋敷からおびき出すだけだったんだから」
「すると、誰かがおまえに依頼したんだな?」
「二十万フランと借金棒引きって条件で。 悪くないだろ?」
 それどころか、破格の条件だ、とミレイユは驚いた。 この不良青年の雇い主は、相当な金持ちにちがいない。
 不意に寒気がした。 思いつくかぎり、そんな計画的悪事を働きそうなのは、一人だけだ。
 身を守るように自らの胸を腕で抱いたとき、テオフィルが肝心なことをフィリップに尋ねた。
「雇い主は誰なんだ?」
 フィリップは急に目をそらした。 従兄弟そっくりの長い睫毛をしているが、今のミレイユは不快感しか覚えなかった。
「知らない」
 怒って、テオフィルは声を荒げた。
「ふざけるな! 全部の罪を一人で引っかぶるつもりか!」
「そんな気はない!」
 フィリップも負けずに大声を出した。
「だけど、ほんとに知らないんだよ! いつも代理人が来て、そいつがあれこれ伝えてくるんだ」
「よし、それじゃその代理人に会わせろ。 どこにいる?」
「どこに泊まってるかは知らない」
 とたんにテオフィルが鬼のような顔になったので、フィリップはあわてて言い添えた。
「ただ、今夜おれのいる宿屋に来ることになってる。 八時に」


 ただちにテオフィルはレオンたちを引き連れ、街道沿いにある『緑の雄鶏』亭で代理人を待ち伏せるために出かけていった。
 彼が戻ってくるまで、フィリップ・バイエは一番大きい離れの地下室に監禁され、厳重な見張りがついた。
 テオフィルは、妻の身の安全にも気を配った。 屋敷の周囲を警護させ、邸内にはマリオットを残し、腕っぷしの強そうな料理人のマルシャン夫人と厨房の下働き二人に、どこまでもミレイユについて守るように伝言していった。


 それでもミレイユは不安だった。 主犯はこれほど大掛かりな計画を立て、大金を使っている。 頭の軽そうなフィリップから自分の正体がばれないのもわかっているはずだ。
 最後の望みを託して、きっとまた悪だくみを練り直している。 そうにちがいない。 しつっこく、自分で手を下さないで人にやらせる手口。 やはりこれは……。
 いつまでも敵を警戒し、次の襲撃を心配する日々が続くのか。
 ミレイユは女主人用の居間にマルシャン夫人たちや小間使いのジェルメーヌと座り、軽いワインを飲みながら頭痛をこらえていた。
 そのとき、ひらめいた。
 もし、狡猾な敵が自分の思っている男なら、テオフィルには何の関係もない。 自分のせいでこれ以上夫を悩ませるのは、もう嫌だ。
 あの男のことなら、よくわかっている。 昔はただ怖く、おびえているだけで、何も反撃できなかった。
 だが、今では事情がまったく変わった。 愛し愛されていると知り、子供まで恵まれた。 夢にさえ見たことのない幸せが待っているのだ。 もうあの男に、私を不幸にはさせない!







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