表紙

 -76- 犯人の一人





 とっさにテオフィルはミレイユを強く抱え直し、体を丸めてできるだけ遠くへ転がった。
 その横に、どさっという音を立てて、一抱えはありそうな岩が落下し、柔らかい草地にめり込んだ。
 二人はその音を耳にしたとたん、できるだけ早く起き上がって崖から遠ざかった。 ここしばらく不穏なことが続いたため、どちらも無意識に用心していて、反応が早くて助かったのだ。
 離れた林の中から怒声が響いた。 見ると、見張りに立っていた大男のレオンが、顔を朱に染めて飛び出してきて、手にした猟銃を構え、岩山めがけて発射するところだった。
 続いて走ってきたミシェルが、抱き合って逃れた夫妻に飛びつくようにして気遣った。
「大丈夫ですか!」
「心配ない。 無事だ」
 岩山の上でねずみが走るような音がする。 その足音につれ、砂岩のかけらが不規則に降ってきた。
 レオンはすばやく弾丸を詰め替え、横に銃口を動かして、もう一発放った。 すると、上からかすかな悲鳴が聞こえた。
 やった!
 テオフィルは首を動かして上を見ようとしたが、岩がごつごつと視野をはばんでいて、てっぺんは見えなかった。
 レオンが躍りあがって、こちらへ走ってきた。
「当たった! 撃ってやりましたよ、殿様!」
「おれも行く!」
 ミシェルも勇んで、岩山に上る道を求めて裏側に回っていくレオンの後を追った。


 テオフィルはミレイユの傍に留まった。 犯人が一人ではないなら、護衛が二人とも岩を落とした人間を追っていった今、隙をついて襲ってくる可能性がある。 何より大事なのは、妻の安全だ。 テオフィルは懐に隠し持った拳銃を出し、右手に構えると、左腕でミレイユを庇った。
 彼の脇から目を出して、ミレイユも周囲に気を配った。
「その犯人、前に血を流した人と同じなら、二度負傷したわけね」
「今度こそ、うまく捕まるといいが」


 後で考えると、待っていた時間はほんの五分ほどだったが、二人にはとても長く感じられた。
 やがて元気な怒声と共に、ミシェルとレオンが現われた。 大きなフードつきのマントにくるまった姿を、両側からがっちりと挟みこんで、小突きながら。
 テオフィルは体を強ばらせ、近づいてくる犯人を凝視〔ぎょうし〕した。 背の高さからして男だ。 懸命に顔を伏せ、この期〔ご〕に及んでも人相がわからないようにしている。
「でかした」
 得意満面のレオン達にうなずいてみせると、テオフィルは男に歩み寄り、フードに手をかけて勢いよく剥がした。
 次の瞬間、ミレイユが笛のような小さな悲鳴を上げた。 むきだしになってうなだれている顔は、乱れた金髪の巻き毛に囲まれていた。
「まさか…… そんな」
 そのとき、しげしげと相手の顔を観察していたテオフィルが、男の顎に手をかけて、上を向かせた。
「目を上げろ」
 しかし、相手は頑固に瞼を伏せたままだった。
 テオフィルは、諭すようにもう一度繰り返した。
「目を上げるんだ。 おまえの眼の色を見たい。 たぶん、青じゃないんだろう?」







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