表紙

 -73- 奇妙な行動





 夕方の七時になったが、まだ太陽は地平線のだいぶ上にいた。
 赤みを増した光の中を、しっかり者のミシェルがジェレミーと連れ立って急ぎ足で戻ってきて、一階で待っていたテオフィルに報告した。
「おっしゃったのと似た金髪の紳士が、川向こうのロワゾー・ブリュ旅館に泊まっていました」
 その新情報を受けて、テオフィルはすぐ出かけようとしたが、ミシェルに止められた。
「でも一晩だけで、今朝には引き払ったそうです」
「一晩だけ?」
「はい。 ただ、旅館のおかみの話だと、昨夜は連れがいて、食堂で親しげに話していたらしいです」
「共犯者か!」
「きっとそうですよ。 その連れは、帽子を目深にかぶって、顔をみせないようにしていたし、こそこそ小声で話していたといいます。 体はがっちりしていて中年のようだったとか」
「労働者風か?」
「いいえ、そいつも紳士風だったらしいです。 食事代を支払ったのは、連れのほうだったとも言ってました」
 紳士が二人……。 おかみが言うのだから、服装が上等だったということだろう。
 テオフィルは眉間に皺を寄せ、つのる違和感をもてあましていた。 清潔で人気のあるモンシャルム子爵は、友人も朗らかであけっぴろげな人間が多かった。 村で密談するようなイメージとは、どうしても結びつかない。
「どうなっているんだ」
 思わず独り言が出た。


 詳しく調べてきた二人をねぎらった後、テオフィルはとりあえず、モンシャルムがまだこの近くにいるらしいとだけ話しに行った。
 ミレイユも矛盾した情報にとまどった。
「不思議ね。 とっくにお帰りになっているはずなのに」
「わたしがたまたまいない時にまた訪ねてきたら、会ってはいけないよ。 どうも彼らしくない行動が多すぎる」
「ええ、あなた」
 ミレイユは熱心に言った。
「でも、できるだけ傍にいてくださると嬉しいわ。 あなたがいないと心細い」
 テオフィルは頷き、身をかがめて妻に優しくキスした。


 暗くなってから戻った庭師たちも、それぞれ新しい噂を聞き込んできていた。
「見たことのない色男が、あっちこっちに姿を現しているみたいです」
「ただ、服装がまちまちで、ぱりっとした格好をしているときもあれば、船員みたいなスカーフを巻いて帆布のシャツを着てたり、普通の農夫の服だったりするんです」
「急に金髪の若い男が、こんな静かな田舎に集まってきたわけないし、同じ奴が服を替えてるんですよね」
「あやしいですよ、絶対」
 変装して動きまわっているのか──テオフィルは緊張で胃が締まるのを覚えた。 そして、派遣した庭師たちを休ませ、残っていた人々と、従僕のうち特に体が大きく力の強い者たちを動員して、屋敷の内外の見張りを強化した。


 用心の甲斐があったか、その夜には何事も起きなかった。
 だが翌朝、後で考えると重大なことがあった。 厨房の下働きをしている娘の一人、マリーが、誰にも断わらずに姿を消したのだ。







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