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まさか彼が
パリと聞いて、テオフィルは興味をなくしかけたが、その男の名前を聞いて、はっとして組んでいた膝を下ろした。
「モンシャルム子爵?」
「ええ、ご存知でしょう? ロジーヌさんはすぐぽーっとなったらしいですけど、相手はパリ社交界の花形ですものね。 あこがれただけでした。
でも子爵は親切な方で、従兄弟のフランソワ卿と引き合わせてくださったんですよ。 ですからロジーヌさんは、来年には貴族夫人になる運びで」
「それはめでたいことですね」
「ええ、本当に。 それでですね、ロジーヌさん一家は子爵にもぜひ式にいらしていただきたいと願っていたんですが、しばらく海外に行かれるということで、残念がっていました。
ところがなんと、おとといこの近くでお姿を見たというんですよ」
テオフィルの顔に翳が差した。 モンシャルムはまだパリに帰らず、この近所に留まっているのか。
「狩猟服を着て、ベイルの森から出ていらしたんですって。 馬車で村へ行くところだったロジーヌさんは、大喜びで挨拶したんですが、子爵はちらっと振り返っただけで、すぐ森へ戻ってしまったそうですよ。
ロジーヌさんはがっかりして泣いてしまうし、一緒に乗っていたお父様は憤慨してね。 会って一ヶ月もしないのに見忘れてしまうなんて、やはり都会者は軽薄だと」
テオフィルは屋敷に戻る途中、この新情報をじっくり考えてみた。
モンシャルム子爵は、すでに人妻になったミレイユをわざわざこんな遠くまで追ってくるほど深い好意を抱いていた。
恋は人をあやつる。 人柄のいい子爵でさえ、嫉妬におぼれて恋敵を始末したいという暗い誘惑に負けるかもしれない。 後ろ暗いことがあるからこそ、パリでの知り合いに見つかって、あわてて顔を隠すように森へ逃げ込んだのだろう。
もちろん証拠のない推論だから、家に帰っても妻には話さなかった。 その代わり、すっかり信頼するようになった庭師軍団のレオンとジェレミーたち、それに森番のマルローに、近在を捜索させることにした。
今度は目標が定まっているから、探しやすい。 彼らに子爵の人相を詳しく教えた。
「金髪の巻き毛で青い眼の美男子? そりゃ目立ちますな。 で、見つけたらどうします?」
「直接には何もしないでくれ。 どこに泊まっているかがわかればいい」
「わかりました。 発見したら後をつけて、宿をみつけりゃいいんですね?」
「そのとおりだ」
六人は張り切って、分担を話し合いながら散っていった。
手配を済ませてから、テオフィルはミレイユを探しに行った。 彼女がどこにいるか、いつも知っていないと不安だ。
幸い、ミレイユは自分の部屋でおとなしくしていた。 退屈なので、小間使いのジェルメーヌとハンカチの整理をしていて、テオフィルが廊下から声をかけると、喜んで自ら扉を開けた。
「おかえりなさい!」
「ただいま。 気分は?」
「いいわ。 つわりが少ないのは赤ちゃんとの相性がいいからだと、ジェルメーヌが教えてくれたところ」
そう言って、ミレイユは照れながら微笑んだ。 可憐な顔に手を触れながら、テオフィルは心の奥で誓った。 たとえ評判の子爵と決闘する破目になっても、わたしは彼女と子供を守り抜くと。
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