表紙

 -71- マントの下





 ショックで息を切らせながらも、ミレイユは懸命に説明しようとした。
「相手は突然出てきたの。 黒い塊に見えたわ。 足首まである長いマント姿で、大きなフードを目深に被っていて」
「鎌を持たせたら、中世の死神みたいな?」
 マッティが目を丸くして尋ねた。 ミレイユは大きく頷いた。
「そのとおりよ。 だから太っているのか痩せているのか、どんな顔立ちか、男か女かさえまったくわからなかったの。 背は私より頭ひとつ分ほど高かったけど、それも工夫すればごまかせるし」
「くそっ!」
 珍しくテオフィルが汚い罵り言葉を吐いた。 よほど悔しかったのだろう。
 そこへ、犯人を追いかけていった小隊が駈け戻ってきた。
「すみません、見失いました! でも川岸まで血が垂れてましたんで、けっこう怪我してるのは間違いないです」
「またトネール川か」
 テオフィルは唸った。



 ミレイユを囲んで、テオフィルと庭師たちが本館へ戻ろうとしているところへ、立派な望遠鏡を抱えたマリオットが駆けつけてきた。
「驚きました! 奥方様は大丈夫ですか?」
「無傷だ。 安心してくれ。 上から何が見えた?」
 テオフィルが訊くと、マリオットはてきぱきと説明した。
「奥方様があの大きな植え込みから出てこられたとき、いきなり人影が小道の反対側からやってきたんです」
「どこに隠れていたんだろう?」
「わかりません。 しゃがんでいたのだろうと思います。 草の中からにょっきり出てきましたから」
 いかにも残念そうに、マリオットは首を振って、きれいにまとめた髪を乱した。
「それにこの望遠鏡は、奥方様に焦点を合わせていましたので。 ただ」
「ただ?」
「逃げていく奴は何とか追いました。 フードのせいで上からでは顔は見えませんでしたが、大股で走っていくところは、脚の長い男でした。 だぶだぶのマントの下から脚が出ていたから、まちがいありません。 それに、撃たれて怪我したのは、右の腕です」
「役に立つよ。 ありがとう」
 テオフィルは自分の右腕を見た。 ふつう、右が利き手だ。 血がなかなか止まらないほどの怪我を負えば、不便だろうし、目立ちやすいはずだ。


 大丈夫だと言い張るミレイユをなだめすかして、部屋で寝かしつけた後、テオフィルはマリオットに頼んで、村にある旅館へ行ってもらい、不審な泊り客がいないか探らせた。
 そして自分は、翌日の昼下がり、近くに住む昔なじみを訪ねた。 その男性は鳥の観察とワイン鑑定の好きな罪のない紳士だが、彼の夫人が有名な噂好きで、近隣のゴシップや人の出入りなら何でも知っているというほどの情報通だったからだ。
 あくまでもただのご機嫌伺いという名目で、テオフィルが扉を叩くと、退屈していたカルヴェ夫妻は喜んで迎えた。
 特にカルヴェ夫人ははしゃいで、最近仕入れた噂を次々と並べはじめた。 いつもなら途中で飽きるところだが、その日はテオフィルも集中して聞いた。
 すると、耳寄りな話題が浮かび上がってきた。
「あのね、お隣のサンタンファン卿のお嬢さん、覚えていらっしゃる? ロジーヌさんなんですけど」
「ああ、はい。 茶色の髪のかわいらしい人ですね」
「そう、そのお嬢さんです。 最近パリにいらして、社交界にデビューなさったんですけどね、そこですばらしい方にお目にかかって」







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