表紙

 -69- 反撃の用意




 広い領地すべてに柵を張り巡らせるわけにはいかない。 いくら厳重に見張っても、悪意の侵入者を完全に防ぐのは不可能だ。
 それにしても屋敷のすぐ近くまで来て、西の離れに呼び出すとは、大胆すぎて図々しい。 ミレイユはおびえると同時に、とても腹が立っていた。
 私を見損なうにもほどがある。 テオフィルが陰険な人殺しだなんて、一瞬でも信じると思っているのか。
 自分こそ、物陰からこそこそ言いつけるような卑劣漢のくせに!


 興奮したまま、ミレイユは玄関から早足で入り、夫を探した。
 テオフィルは図書室の隣にある事務用の部屋にいて、マリオット秘書と差し向かいで座り、請求書の点検をしていた。
 珍しくいきなりドアを開けた妻を、テオフィルは驚いて見やった。
「どうした? 顔が真っ青だ」
「大事なあなた」
 上ずっていたため、ミレイユはうっかり他人の前で愛情を込めた呼び方をしたのに気づかなかった。
「変な男に脅迫されたの」
 たちまちテオフィルの顔つきが変わった。 歯を噛みしめ、目が怒りに燃えた。
「なんだと! そいつは今どこにいる!」
「すぐ姿をくらましたわ。 後ろからひどいことを言って、振り向いたらもういなかったの」
 マリオットは気を遣って、席を外そうとした。 だがテオフィルもミレイユも彼を信頼していて、一緒に相談の仲間に入れた。
「で、ひどいこととは?」
「あなたのことを殺人者だなんて言って」
「殺人者?」
 テオフィルとマリオットの声が揃った。 大声だったが、脅迫者にいきどおっているミレイユはひるまなかった。
「後で詳しく話すと言ったわ。 明日の午後三時、西の離れへ来いと」
「よくもそんなことを」
 テオフィルは歯ぎしりした。
「そいつは君にどんな毒を吹き込もうとしているんだ」
「何を言われても、私は信じないわ」
 きっぱりと、ミレイユは断言した。
「あんな嘘に乗って、西の離れなんかに行きません」
 それから思い出して付け加えた。
「そもそも、どこだかよく知らないし。 どの建物?」
 緊張の中だが、テオフィルはふっと笑いを誘われた。
「わかるよ。 屋敷の周りのあちこちに、いろんな離れが並んでいるからな」
 マリオットが首をかしげて、小声で尋ねた。
「その脅迫者は、なんで知っているんでしょうね?」


 それから三人はしばらく相談し、脅迫者を待ち伏せすることに決めた。
 まず、信頼できる庭師連中を総動員して、離れの周辺を見張らせた。 彼らは庭をよく知っているから、見つからないように昼過ぎから植木や花壇の陰に隠れてもらうことにした。
 それにしても男の指示はあいまいだ。 初めに何時ごろと指定しないで、午後とだけ言い、ミレイユに指定させた。 時間的余裕のある身らしい。
「もしかすると、先に忍び込んでずっと待っているのかも」
というマリオットの指摘で、朝のうちにちょっとした住みかぐらいの大きさがある西の離れを捜索させたが、人が隠れている気配はなかった。







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