表紙

 -67- 未来へ準備





 ミレイユのおびえようを見て、テオフィルも本格的な警備を考えるようになった。 上等な帽子を被った侵入者が現われて以来、ミレイユには常に使用人が交代で付き添い、身の安全を図った。


「一年後の屋敷を考えると、わくわくしてくるよ」
 静かな午後のひととき、居間の大きな窓の前で、ミレイユを胸にもたれさせながら、テオフィルが囁いた。
「ずっと家庭がほしかった。 母がいた頃は、この家にも家庭といえる温かさがあったんだ。 君の笑顔は、母にも勝る優しさがある。 子供はきっと健やかに明るく育つだろう」
 ミレイユは上半身をねじって、夫の顎に軽くキスした。
「できるだけ動くようにしているの。 そのほうが身体にいいと、マルシャン夫人が教えてくれて」
「だが乗馬はだめだよ、しばらくは」
「そうね、せっせと歩くか、馬車に乗るわ」
 温かい唇が触れた顎を、テオフィルは指先で撫でていたが、やがて眉を寄せて、ぽつりと呟いた。
「昨夜ふと気づいたんだが、姿を消す少し前に、母はふっくらしていたような気がする。 でも食欲はあまりなく、特に朝食をほとんど食べなくて、午前中は気分が悪いとよくこぼしていた」
 ミレイユはハッとした。 現在の自分によく似た症状だ。 ミレイユのつわりは思ったより軽いが。
「では、お義母さまは……」
「可能性があるな」
 そんな状態で、義母は馬に乗って去っていったのだろうか。 私ならできない。 もし子供ができていたのなら、闇の中で馬を走らせるなんて。




 それからしばらく、領地は平穏だった。 庭木が徐々に色づき、秋の薔薇が満開になって、庭園は寒さが来る前の華やぎに包まれ、ミレイユはずいぶん大きくなった犬のシュシュを連れて、毎日のように散歩を楽しんだ。
 林に落ちた木の枝を拾って投げると、シュシュは何度でも走って取って来る。 底知れないスタミナに、ミレイユのほうが疲れてしまい、お供のジェレミーに頼んで交代してもらうほどだった。
「この子はどんどん背が伸びるわね。 それにますます元気になって、力も強くなったわ。 小さな車があれば、曳けるかしら」
「ああ、馬みたいにですね。 やれますよ、力も強いし」
 馬も犬も好きなジェレミーは、すっかり乗り気になった。
「レオンさんはデカイですけど、意外と手先が器用なんです。 荷車を簡単に直すんで、小さな車だったらすぐ作れますよ」
「まあ、すてき! シュシュが曳ける車を作ってくれたら、お礼すると話してくれる?」
「喜んで!」
 優しい上に、領主の伯爵を救った立派な奥方として、ミレイユは使用人たちに慕われていた。 その奥方の頼みだ。 庭師見習のジェレミーは張り切って、そばかすだらけの顔一杯に笑顔を浮かべた。
「おっと、あそこで仕事してます。 ちょっくら行って話してきますね」
 見ると確かに、レオンの大きな姿が薔薇園の柵をせっせと直していた。 羽が生えたようにジェレミーの細い体が駈け去っていくのを、ミレイユはのんびりと目で追った。









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