表紙

 -66- いやな予感





 手始めに、テオフィルは新しい家令を選んだ。 ビセンテ・マルシャンといい、料理人マルシャン夫人の亡夫の弟で、長く男子下働きのまとめをしている誠実な男だった。
 使用人たちの信頼が厚いビセンテなら、無駄に威張ったり給料をごまかしたりする心配はない。 屋敷内は一気に明るくなった。
 そこでテオフィルは特別手当を出して、広い敷地内の捜索をさせることにした。 男たちは張り切って出かけ、女たちも身辺に目を光らせて、近所の噂話を集めた。


 翌日の午後までに、いくつか情報が出てきた。
 まず庭番の一人から、トネール川に近い敷地の外れでも、異様な毛深い生き物が目撃されていると報告があった。 たぶん炭焼き小屋付近で『鬼』に化けていた誰かだろう。
 そして、猟の番人をしているマルローからも知らせが来た。 こちらの侵入者は明らかに人間で、林の端まで馬を乗り入れていたので、銃で脅すと逃げていったという。 あわてたため帽子を落としていったので、屋敷まで届けに来た。
 礼を言って帰した後、テオフィルはその帽子をしげしげと観察した。
 上等な山高帽だ。 裏にはパリの一流帽子店の刺繍が入っていた。 持ち主は金持ちで、しかも衣装道楽と思われた。


 後で、しゃれた帽子を見せられたミレイユは、嫌な予感を覚えた。
「叔父のジュスタンも、こんな帽子を持っていたわ。 流行の服を買うのが大好きなの」
「だが、叔父さんの住みかはショーモンの近くだろう? 二百キロ以上離れているし、君を訪ねてきたのなら顔を出すはずだ」
「悪だくみをしていなければね」
 ミレイユは叔父をまったく信用していなかった。
「ジュスタンは心の底まで冷たい人よ。 大事なのは自分だけなの。 おまけに欲張りで、余計な自尊心が強いので、私が勝手にあなたと結婚したのを怒っているにちがいないわ」
「始末の悪い男だな」
「そのとおりよ」
 どこかのんびりしたテオフィルに、叔父のしつっこさと悪辣さをどう信じさせたらいいか、ミレイユは頭を絞った。
「彼と結婚した妹のリディアーヌおばさまが早死にしたことを、大叔母様は決して許さなかったわ。 結婚前はとても明るくて活発な人だったのに、私を引き取ってくれたころは元気がなくて、ほとんど笑わなくなっていたの。 とても優しくしてくれたけれど」
「冷たい心は不幸な家庭の元だ」
 テオフィルの声が低くなった。
「うちの父は穏やかな人だったが、祖父はとても冷たい性格だった。 母がいなくなったのは、もしかすると祖父のせいかもしれないと思ったことがある」
「お舅さんにいじめられたの?」
「持参金が多いだけが取りえで、家柄が低い、育ちが悪いと、よく罵られていた」
「そんな……。 あなたが似ないでよかったわ」
「わたしもそう思うよ」
 二人はなごやかに笑いあったが、その最中にもミレイユは、居間の窓から見える庭園の奥に視線を走らせた。 大叔母の葬儀にさえ来なかった叔父が、どこかの木陰に身を潜めているのではないかと考えると、背筋が寒くなった。









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