表紙

 -65- 二人の喜び





 胸に手を置いて動悸を静めた後、ミレイユは赤くなりながら口を切った。
「あの……」
「何かな?」
 少し間が空いたため、テオフィルが低くうながした。 ミレイユは彼の目を見て話すことができず、うつむき加減で囁いた。
「もしかしたら、だけど、たぶん」
 また言葉が続かなくなった。 しかしテオフィルは忍耐強く、無言のまま続きを待った。
 ミレイユは、優しい夫に対する感謝を込めて彼の手を取り、熱い頬に当てた。
「次代の伯爵か、伯爵令嬢が生まれるかも」
 頬に触れていた彼の手に、突然力が入った。
「子供……?」
 真っ赤になって、ミレイユはうなずいた。
 テオフィルの手がその背中に回り、強く抱きしめた。
「最高だ! 君とわたしの子がこの家で育ち、走り回って遊ぶ。 どんなにかわいいだろう」
 彼は明らかに喜んでいた。 普段はあまり大げさな感情を表わさないのに、声が感激で震えていた。
 ミレイユは心からほっとして、夫に身をすり寄せた。
「少し早すぎると思う?」
「新婚早々だからかい?」
 問いに問いで返して、テオフィルは音を立ててミレイユの頭のてっぺんにキスを落とした。
「わたしは嬉しいが、君はこれから大変だな。 身体を大事にしてくれよ。 入用なものは何でも言ってくれ。 念のため、医者にも診てもらうといい」
「私、身体は丈夫よ」
 そこで思い切って本音を入れた。
「あなたが傍にいてくれさえすれば、心強いし」
 彼が突然消えたときの、心臓が変になりそうな不安を思い出して、ミレイユは涙が出た。
 妻の肩をさすりながら、テオフィルは噛みしめるように呟いた。
「いるとも。 男だから、こういう場合にはあまり役には立たないだろうが」


 二人は手を取り合って、陰気な画廊から明るい広間に出た。 伯爵があまり冴え冴えとした顔をしているので、通りかかった使用人たちが、頭を下げながらびっくりしたように見返していった。
「女中頭のマルロー夫人には打明けておいたほうがいいだろうな。 彼女には大きくなった子供が三人いるから、きっと力になってくれるよ」
「マルローさんの連れ合いは、狩場の管理人をしているんですってね?」
「そうだ。 頼りになる男だよ。 今度会わせてあげよう」
 広大な領地を持つ伯爵家なので、まだ顔合わせをしていない使用人が何人もいるのだった。


 さっそく医師が呼ばれて、ミレイユの懐妊が確認された。 あと半年ちょっとで父となることがわかったテオフィルは、以前に増して責任感が強くなり、妻子のために長生きしなければと決意した。 それで、ジェデオンの共犯者について、本気で調査を始める気になった。







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