表紙

 -63- 矛盾する金




 三日後に、馬車を飛ばしに飛ばしてマリオットが戻ってきた。
 その口から、盛大だった侯爵夫人の葬儀が詳しく語られた。 夫人が夏に世を去ったことは、すでに社交界で密かに知れ渡っていたが、正式に葬式が行なわれるとなればまた別の話だ。 招待された人々はこぞって集まり、実力と人望のあった夫人から特別に好かれていたと回りに思わせようとした。
「奥方様には同情が集まっていました。 大奥様(侯爵夫人)の肝いりで結婚され、ご主人の領地に赴かれた直後に、その大奥様が亡くなってしまわれるとは、何とお気の毒なことかと」
「すべてを君一人に任せてしまって、さぞ大変だったと思う。 期待にたがわず、よくやってくれた」
 ねぎらった後、テオフィルは何か食べてゆっくり休めるようにマリオットを解放し、涙を流しながら話を聞いていたミレイユを引き寄せて慰めた。
「これで夫人も安らかに眠れる」
「わずかな間しか一緒に過ごせなかったけれど、お母様のように慕っていたの」
「わかっているよ」
 妻の手を握りながらも、テオフィルの顔に影が差した。
「わたしもあの人を、そんな風に思っていた。 母か、かわいがってくれる伯母のように」
 ミレイユはどきっとして、泣くのを止めた。 テオフィルの母が一人息子を置いて、消えてしまったという事実を思い出したのだ。
 私だったら、こんな気立てのいい子に恵まれたら絶対に残してなんかいかない──ミレイユはそう考えずにはいられなかった。 子の親権は父親にあるが、たとえ誘拐罪に問われようと、自分が彼の母だったら絶対に連れて行く。 そもそも夫がテオフィルの半分でもすてきな人なら、決して家出したりしないけど。


 しっかりしたマリオットが戻ってきたため、翌日からすぐ、ジェデオンの使い込みの検査が始まった。
 家令が実は伯爵の異母兄だったと知って、マリオットはずいぶん驚いていた。
「夢にも思いませんでした。 ジェデオンはまったく伯爵に似ていませんでしたよね。 ほんとですか?」
「ええ、前伯爵が父子関係を認めて、証明書を渡していたので、確かなの」
「でも、跡継ぎにする気はなかったんですね」
「やはり、家柄のいい正式な奥様の子を欲しかったんでしょう」
 ミレイユが薔薇園でオレンジ色の蔓薔薇を切っているところへマリオットが通りかかり、二人は立ち話をしていた。 テオフィルがマリオットを信頼し、ジェデオンがなぜ伯爵家に敵意むき出しで牙を剥いたか、打明けたのを知って、ミレイユは秘書のためによかったと思った。
 マリオットは不快そうに首をかしげて、独り言のように続けた。
「なんでこのお屋敷で雇ったんでしょう? 今の殿様に知らせもしないで」
 庶子が本家の使用人になるのは、決して珍しいことではない。 だが家令まで出世した例は少ないだろうし、普通は息子にはちゃんと教えておく。 家庭内のごたごたを防ぐためだ。
「前伯爵は書き残していらっしゃらなかったんですかね」
「そのようね。 伯爵が気の毒だわ」
 マリオットは物事の明るい面を見ようとした。
「これまでわかったことですが、使い込みの額はそれほどでもありませんでした。 逆に、奴の鞄の隠しポケットから大金が出てきましてね。 計算が合わないんですよ。 むしろ穴埋めには多すぎるぐらいで」
「他から取っていたのかしら。 使用人の給料を少なくしようとした話を聞いたわ」
「幸い、実行する前でした。 借地人からちょっとかすめ取っていたらしいですが」
 二人は顔を見合わせた。 どちらも同じことを思いついていた。
「じゃ」
「誰かから金を貰ったとしか思えませんね。 たぶん伯爵様のお命を縮める計画で」








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