表紙

 -62- 後味が悪い




 夫と腕を回しあって、ミレイユは遅い昼食を取るため、食事室におもむいた。
 料理はおいしかったし、これでテオフィルを狙った企みが未遂に終わったと思うと、ほっとする気持ちはあったが、ミレイユはまだ完全に安心しきったわけではなかった。
 あの企みに加わったのは、ジェデオンだけではない。 少なくとも二人の人間が関わっていたはずだ。 共犯者は誰なのだ。




 何事も起こらず、数日が平穏に過ぎた。
 やがてパリに行ったマリオットから速達が届いた。 テオフィルが襲われて怪我したことを知るマリオットは、主人が出てこられなくても立派な葬儀を手配して、招くべき人を招き、モンルー侯爵家代々の納骨堂に夫人の遺体を納めていた。
 手紙に添えられた式のスケッチを眺めて、ミレイユは改めて涙を流した。 侯爵夫人アデリーヌのおかげで、テオフィルに巡りあうことができ、今の幸せがあるのだ。 どんなに感謝しても足りない気持ちだった。
 その傍らで長い報告の手紙を読んでいたテオフィルは、目を険しくして顔を上げた。
「デフォルジュは葬儀に参列しなかったそうだ」
「そんな」
 ミレイユは愕然とした。 義理とはいえ、侯爵夫人の正式な身内ではないか。
「ひどい風邪を引いて動けない、という短い手紙を送ってよこしただけだと。 遺産をもらえないとわかると、冷たいものだな」
 確かに義理の叔父は金に汚い。 しかし、彼はパリが好きで、何かと口実を設けては、遠く離れた自宅から出てきていたはずだ。
「本当に風邪だったかもしれないわ」
「まあ、そうかもしれないが」
 まるで信じていない口調で、テオフィルは唸った。


 マリオットは手紙を追うように、すぐこっちへ戻ってくるということで、テオフィルもミレイユも胸を撫で下ろした。
 ジェデオンが急いで逃げ出したとき、書類を掻きまわしてめちゃくちゃにしてしまった上に、帳簿をごまかし続けたため、屋敷の経理が大変な事態になっている。 事務に詳しいマリオットに調査してもらわないと、被害状況の全貌が掴めなかった。
 もっとも、不正を始めたのは最近のことらしく、大金が消えている形跡はないようだ。
「これまでも少しずつかすめ取っていたかもしれないが、わたしに見つからない程度だった。 これまで長く屋敷を留守にしたことがなかったから」
「あなたが私を助けにパリへ来てくれた間に、誘惑に負けたのね」
 ミレイユが責任を感じてうつむくと、テオフィルは苦笑いを浮かべて、頭を引き寄せて胸に抱いた。
「またそんな顔して。 君のせいじゃない。 それどころか、結婚できてとても満足している。 君にもわかっているだろう?」
 優しいのね──ミレイユは彼に寄りかかり、目を閉じた。 慰められても、しつっこい良心の呵責は、なかなか消えてくれなかった。








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