表紙

 -61- 身分の違い




 捕まるという恐怖にかられて、ジェデオンが無茶な逃げ方をしたせいで、鞭を当てられて怒ったエクトールが竿立ち〔さおだち〕になって、振り落としたらしい。 ジェデオンは後ろ向きに頭から落ち、首の骨を折って即死状態だった。
 ジェレミーが、まだ鼻息の荒いエクトールをなだめながら馬屋に連れ去った後、テオフィルとモンシャルム子爵は難しい顔で、玄関広間に入った。 その後を、振り分けになった乗馬鞄を持った若い従僕がついていった。
 鞄はすぐ楕円形のテーブルに置かれ、中があらためられた。
「札束と、信託証券の束、それに父の残した印章指輪まで……」
 テオフィルは深い溜息をつき、振り返って正面の壁にかかった父親の肖像画を眺めた。
「とんでもない男だ。 どれだけ使い込まれているか、早く調べたほうがいい」
 子爵がやりきれない口調で呟いた。
 鞄の中を更に探っていたテオフィルは、一枚の分厚い紙を折りたたんだものを見つけて取り出し、開いて読んだ。
 そして、あっ、と小さな声をあげた。
「どうした?」
 子爵が訊くと、テオフィルは一瞬ためらった後、ぽつりと言った。
「ジェデオンは、父が結婚前に作った息子だった」
 唖然として、子爵は体を預けていた椅子から立ち上がった。
「婚外子か?}
「気の毒なことに」
 証明書となっている上等な羊皮紙を再び畳みながら、テオフィルは首をうなだれた。
「彼が実の息子だということを、父はこの証書で認めている。 だが、学費と住居を渡し、いくらかの年金を残すだけで、他には何も要求しないと約束させた」
「だから名乗り出なかったんだな。 正体を隠して住み込んで、財産を盗んだほうが得だと思って」
 子爵は顔を上げ、辛そうなテオフィルを眺めた。 青い眼にはもう暗い怒りの色はなく、いくばくかの同情と困惑があった。
「あの男は、あなたを妬んでいたにちがいない。 それで自分のしたことをなすりつけ、わざとひどい噂を言いふらしたんだろう」
「わたしより年上だからね。 彼の母と父が正式に結婚していたら、彼がこの領地の持ち主だった」
「あなたが悪いんじゃない」
 子爵はきっぱりと遮った。 それからきちんと手袋をはめ直し、いさぎよく言った。
「申し訳なかった。 ミレイユさんの……奥方のことがずっと気がかりで、不幸になったらいけないと思い、後先も考えずに押しかけて失礼なことをしてしまった」
「もう忘れてくれ」
 まだ衝撃の収まらない暗い表情のまま、テオフィルは首を振って、子爵の謝罪を受け入れた。
「いろいろあって、もう午後になってしまった。 今夜はうちに泊まって、明日ゆっくり出発してはどうかな?」
「いや、すぐ帰る。 奥方によろしく」
 その言葉どおり、子爵は堅苦しく一礼すると、身をひるがえして玄関を後にした。


 そういうわけで、悲惨な死体を見ないようにマーロウ夫人らに慰められていたミレイユが、やっと親切な手から抜け出して夫を探しに来たとき見つけたのは、玄関広間で立ち尽くしたまま、小さな山になった札束を見つめているテオフィル一人だった。
 ミレイユは、そっと彼に近づいて腕に手をかけた。 テオフィルは、目がさめたように上半身を回して振り向き、妻を右腕で抱きよせた。 そして、空いている左手で羊皮紙を持ち、彼女に渡した。
 丁寧に読んだ後、ミレイユは複雑な気持ちでテオフィルを見上げた。
「そんな事情があったのね」
 テオフィルは沈痛な面持ちで、呟くように言った。
「いちばん気分が悪いのは、ジェデオンを雇ったのは父だったということだ。 父はわからなかったんだ。 彼が息子だということを」
 見分けがつかなかったのだ。 会いに行かず、気にもかけなかったから。
 もしかしたら父に認めてもらえるかもしれないと思って、屋敷に来たのかもしれない。 しかし先代の伯爵は、彼をただの雇い人にした。 
 だからといって、横領や殺人未遂をしていいわけはない。 でもジェデオンの屈辱感を考えると、ミレイユも彼に同情の気持ちを抱いた。








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