表紙

 -57- 同じ気持ち




 朝から不愉快な事実を知ってしまった。
 これもテオフィルに黙っているわけにはいかない。 ジェデオンの身勝手な行動のおかげで告げ口屋みたいになるのが嫌で、ミレイユはしかめっ面になって歩きつづけた。
「ねえ、もしあなたが目立ちやすい立派な馬を隠すとしたら、どうする?」
 ミシェルは空を見上げて考え、少しして自信なさげに答えた。
「そうですねぇ、模様を変えて、他所の馬屋に預けるとか?」
 びっくりして、ミレイユは立ち止まった。 そのせいで、後ろからついてきたミシェルが危うくぶつかりそうになった。
「模様を変える? どうやって?」
「ああいう黒い馬なら、白いところに墨を塗るんですよ。 草競馬の前にインチキするのに使われてます。 ただし、長く預けて洗われるとバレるんで、そういうときは染料で染めます」
 ミレイユは感激して、思わずミシェルの手を取って強く握手した。
「すごいわ! じゃ、もう一つ考えて。 ジェデオンさんが、たとえ模様が違ってもあんな立派な馬を預けられるような馬屋は?」
 褒められたミシェルは、張り切って額に皺を寄せ、懸命に頭を絞った。
「村の鍛冶屋が貸し馬屋をやってるけど、四頭しか入らないし、エクトールは目立ちすぎますね。 たぶんウスターシュ・ダビさんなら、気づかずに預かるかも。 近くの農場主で、大きな馬屋があるし、家令さんと仲がいいんです」


 仔犬がトイレをすませ、ずいぶん歩いて遊んで満足したようだったので、そこらでミレイユは散歩を切り上げ、ミシェルと共に屋敷へ戻った。 あまり長く家を空けると、テオフィルに心配させるからだ。
 帰り道でもミレイユは、なかなか賢いところをみせたミシェルといろいろ話し合った。
 そのとき、彼が面白いことを口にした。
「他の雇い人の人たちも、奥方様を尊敬してます。 殿様を大事にして、命を救ってくださったんですから。
 とりわけ、名前がMで始まる連中が奥方様のファンでしてね。 あっしもミシェルで頭文字がMだから、仲間に入れてもらいたいです」
 ミレイユは目を丸くした後、笑顔になった。 そういえば、料理人はマルシャン夫人だし、庭師頭はマッティ、女中頭もマルロー夫人。 ついでにいえば、ミレイユ自身もMで始まる名前だ。
「私も入れて、M組かしら?」
「うわっ、奥方様もですか」
 ミシェルはひどく喜んで、歯並びの悪い口を大きく開けて笑った。


 馬屋の前でミシェルと別れて、ミレイユは心強い気持ちで母屋を目指した。
 この屋敷に花嫁として来たときは、緊張していた。 テオフィルがいるから心細くはなかったが、なにしろ並外れた人見知りだから、近所や使用人たちとなじめるか、不安が一杯だった。
 それがどうだろう。 まだ一ヶ月と経たないのに、周囲となじむことができた。 ミシェルによれば、夫と同じぐらいミレイユにも忠誠を誓ってくれるグループまでできたらしい。
 私は幸せだ。 ミレイユはしみじみそう思った。 これでテオフィルの敵さえわかれば……
「ミレイユさん」
 不意に背後から声をかけられ、ミレイユはびくっとして振り向いた。
 そして、近づいてきた相手を見た瞬間、自分の目を疑った。







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