表紙

 -54- 家令の真実




 手の空いた時間に、ミレイユは料理人のマルシャンを自分用の応接室に呼んで、話し合ってみた。
 すると出るは出るは、ジェデオンに対する恨みつらみが、奔流のようにマルシャンの口から流れ出た。
「あの人は、自分を皇帝だと思ってるんです。 ええ、奥方様がお聞きになるからはっきり言いますけどね、威張りまくりですよ。 前の殿様にかわいがられていたせいで、この領地が自分のものだと勘違いしているみたいで」
「テオフィルは腹を立てないの?」
 マルシャンはあいまいな微笑を浮かべた。
「若様は……今の殿様は芯の強いお方ですけど、子供のころからとても優しくてねえ。 ジェデオンさんが大失敗でもしない限り、怒ったりなさいません。 それに、みんなジェデオンさんにいじめられるのが怖くて、殿様にお伝えしませんし」
「夫は本当のことを知らないのね?」
「ええ、たぶん」
 そんな中、勇気を持って真実を伝えてくれたマルシャンに、ミレイユは尊敬の気持ちを抱いた。
「ありがとう。 どうして私には教えてくれたの?」
「それは、奥方様がジェデオンさんを言い負かされたからです。 お強いですねえ」
 えっ?
 あまりの驚きに、ミレイユはたじたじとなった。
「わ……私が?」
「そうですとも。 奥様はジェデオンさんの正体をわかっていらっしゃる。 そうお見受けしました」


 威張る家令をおとなしくさせるためなら、ごく一部を除いて、おそらく家中の使用人が協力するだろう、という情報を受け取って、ミレイユは厚く礼を言ってから、マルシャンを厨房に返した。
 強いと言われたのは、生まれて初めてだ。 信じられない言葉のせいで、ミレイユはしばらく、まとまったことが考えられなかった。
 次第に気持ちが落ち着くと、今度はマルシャンの証言の裏付けを取ろうという冷静な判断ができるようになった。 それで、テオフィルを助ける役に立った庭師頭に訊くことにした。
 マッティは、気さくにすぐ応じてくれた。
「ああ、ジェデオンさんね。 評判はよくないです。 誰のいうことも聞かなくて、ひとりで勝手に決めるし、はっきり言ってケチでね。 殿様が命じてくださらなきゃ、われわれの給料を今年から値下げされるところでした」
「誰かが伯爵に訴えたのね?」
「そうしたいところだったんですが、クビにされるのが怖くて、できなかったんですよ。 幸い、マリオットさんがどこからか聞きつけて、殿様にお伝えしたんです。 殿様には珍しく、怒っていらっしゃいました」
 マッティの言葉で、ミレイユはさらに疑いを強めた。 陰の領主気取りだったジェデオンが、まだ若造だとなめていたらしいテオフィルに、実権を取り返されそうになっている。 その危機感で、彼を『行方不明』にしようとしたのではないだろうか。
 ジェデオンが主犯なら、伯爵を傷つけず酒倉に閉じ込めたわけがわかる。 幼い頃から知っている若様を、自分の手で殺すのはさすがに忍びない。 だから気絶させて、身元の手がかりになる服を脱がせ、自然死させようとしたと考えれば、筋が通る。
 あの地下倉を知っていたのは伯爵とジェデオンだけ。 普通なら、数年経っても発見されなかったかもしれない。 見つかったときには既に白骨で、誰かわからないままになる。 そして伯爵は外出した後、二度と帰ってこないことになるはずだった。
 現に、伯爵の愛馬エクトールは、あの日に馬房から姿を消していた。







表紙 目次 前頁次頁
背景:Star Dust
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送