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小屋の秘密
ミレイユは硬直した。
耳をふさいで一目散に屋敷へ逃げて帰りたいという、強い衝動が襲った。
だが、できなかった。 根が生えたように、足が動かない。 あまりの恐怖にすくんだのかと、一瞬自分を疑った。
しかし、頭は平静だった。 奇妙なほどよく働き、辺りを見回しながら鋭く情勢を分析していった。
音の聞こえた方角は? 前後でも、左右でもなかった。 全体的に、まるで湧き上がったようにこだました。
そう、反響しているように聞こえた。
「近くに洞窟があるの?」
独り言を呟いたとき、再び音が響いた。
今度こそ確かだった。 異様な音は、周囲の林から発せられたのではない。 なんと下から聞こえてくるのだ。
「下?」
地下か? 地下なのか?
これこそ鬼の伝説そのもの。 ミレイユの背中を冷たいものが走り降りた。
同時に理性が囁いた。
神話や伝説にはたいてい元の実話がある。 現実には『鬼』ではなく、乱暴者の傭兵〔ようへい〕か何かが領主に雇われて力を貸し、その後略奪をして逃げ去った、ということだったのだろう。
地面が割れた、というのは、その連中の逃げ道を指しているのではないか。 つまり、地下道がどこかにあって……
「ここは昔、砦だった。 きっとそのときに、秘密の逃げ道を作ったはず!」
ミレイユの視線が、さっと動いて小屋の床を見つめた。 この林は小さく、樹木はまばらで、よく光が差し込んで明るい。 地下道があるとすれば、入り口を林に取り付けたら、すぐ人目についてしまうだろう。
でも、もし入り口の上に小屋を建てたなら……。
ミレイユの連想がそこまで行ったとき、木の葉や落ちた枯れ枝を踏む、かすかな足音が聞こえた。
こんなに朝早く、誰かが林を歩いている。 庭師ならいいが、密猟者という可能性もある。 女一人でいるところを見つかれば、危険かもしれない。
とっさにミレイユは、開けていた扉を音がしないように閉じ、爪先立ちで小屋の後ろに回って、身を隠した。
小屋の裏手は薄暗く、太い木が何本か生えていて、隠れ場所にはもってこいだった。
ミレイユが胸をとどろかせて木陰に身を潜めていると、足音は次第に大きくなって、やがて小屋の前で立ち止まった。
小屋の壁が邪魔になって、姿は見えない。 また、声も聞こえなかった。 ただ、がちゃっという音だけが伝わってきて、その人間が小屋の扉に掛け金をかけたのだとわかった。
すぐにまた足音が聞こえ、遠ざかっていった。 ミレイユは壁を伝って首を覗かせ、誰がいたのか確かめようとした。 だが、相手が先に角を曲がっていて、後姿はもう見えなかった。
用心して一分ほど待ってから、ミレイユはまた扉の前に戻った。 掛け金がしっかり下ろされていたので、近くにあった枝を拾って、てこに使って再びこじ開けた。
よく注意して床を見ると、石炭の山の近くはきちんと掃き清められているのがわかった。 誰かがわざと、きれいな床に土ぼこりや枯れ葉を持ち込んで汚したようだ。 それも、薪の山の近くを念入りに。
ミレイユは、試しに数本、散らかっている薪をどけてみた。 すると、床板の上にもう一枚、二センチほどの厚みの板が敷いてあるのが目に入ってきた。 おそらく、弱くなった床の補強のためだろう。
次いでミレイユは、左右の壁を手探りしてみた。 みんなただの板壁のようだ。 棚はないし、隠し扉もない。 秘密の入り口など、どこにも見当たらなかった。
がっかりして向きを変え、小屋から出ようとしたとき、着てきたケープの端が、ささくれだった薪に引っかかった。 引き戻されるようになって体が傾き、バランスを失った。
倒れる!
たたらを踏んで、必死で伸ばした手が、薪山の背後にほんの少し姿をみせている後ろの壁に、かろうじてついた。 転んで薪にぶつかる一歩手前だった。
冷や汗をにじませながら体勢を立て直そうとした瞬間、壁が動いた。 そして、とっさに横の壁に身をよけたミレイユが、あっけに取られて見守る前で、薪を載せたままの床の一部が、ずるずると小屋の後ろに張り出していった。
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