表紙

 -45- 敵対する男




 すぐに、庭師頭のごつい手が掛け金をはね上げて、鈍い金属音を残した。
 ついで彼は、勇敢にも掛け金の下の横木を掴み、ぐいっと扉を押した。 朽ちかけた一枚板の扉は、大きくきしみながら開いた。
 取り囲む人々が、一斉に身構えた。 だが、小屋の中は不気味に静まり返っていて、何も飛び出してこないし、ぶっそうな音もしない。 扉の横で待機していたクロードが、用心しいしい松明を掲げて、開いた隙間に差し込んだ。
 揺れる炎が中を照らした。 小屋は正方形で、一部屋しかなく、松明の灯り一つでも、ほぼ全体が見渡せた。
 空間の半分ほどを、薪の山が占めていた。 残りの四分の一は、石炭の小山だ。 見えている床は、土足が持ち込んだ泥や藁、石炭かすなどで一面に汚れ、薄汚かった。
 その様子を見て、ベスが顔をしかめた。
「いやだ、誰も掃除してないんだわ」
「そんなはずはないがな」
 庭師頭は腑に落ちない顔で、扉から顔を突っ込もうとして、クロードに止められた。
「あぶないですよ、親方。 相手が本物の鬼なら、小さくなって隠れてるかもしれないです。 ねずみとか虫になって」
 緊迫した最中だが、大きな鬼が小さな野ねずみに縮むところを想像して、ミレイユはちょっと愉快な気分になった。
 庭師頭は鼻を鳴らしたものの、急いで頭を引っ込めた。 そのとき、騒ぎを聞きつけて後から追いついてきたらしい秘書のマリオットが顔を出して、提案した。
「何もいないように見えますが、今は逃げているだけで、また戻ってくるかもしれません。 密猟者なら、隠れるのにもってこいですから。 ここの薪や石炭は館の地下に移して、後は壊してしまったほうが安全でしょう」
 その通りだ。 ミレイユが彼の提案を受けて、明日の朝にさっそく壊してもらおうと考えていると、ジェデオンがまた横槍を入れてきた。
「いけません。 殿様の許可なく敷地の建物を壊すなど、考えられないことです」
 ミレイユはむっとなった。 こんな崩れかけた小屋、放っておいても自然に朽ちてしまうだろうに、なんでいちいち反対するのだ。
 夫が戻ってきたら、すぐジェデオンの失礼な態度を話して注意してもらおう、と、ミレイユは決心した。 告げ口は嫌いだったが、ジェデオンの威張り方は度が過ぎている。 他の使用人にも好かれていないようで、今の発言でも家令に賛成する者は誰もいなかった。
 顔を上げると、ジェデオンが睨んでいた。 ミレイユとマリオットを憎々しげに代わる代わるに。 余所者などに大事な領地をかきまわされてたまるか、という、氷のような視線だった。


 結局、小屋の捜索は何も出ずに終わった。 汚れた床には鬼ばかりかねずみの足跡もなく、密猟者が隠れていた気配は更になかった。
 それで、ジェデオンは勝ち誇った。
「怪しい者など入り込んでいなかったでしょう? それでもご心配なら、明日一番に、もっと頑丈な錠をつけます。 鍵はわたしが厳重に管理しますから」
 不意にマリオットが目を上げて、家令を見た。
「待ってください。 暖房燃料は家事の一部です。 つまり奥方様と女中頭に権限があるはずです。 ワイン蔵ならともかく、ここの鍵をつけかえるなら、奥方様と女中頭に管理してもらうべきでしょう?」
 ジェデオンは、初めて動揺した。 返す言葉がなく、いっそう憎しみをこめた視線を若い秘書に向けた。
 目と目が火花を散らした。 ミレイユは内心おろおろしながら、懸命にきりっとした声を出した。
「それなら、明日に燃料をすべて移して、屋根と扉だけ外しましょう。 そうすれば、伯爵が後で直すとおっしゃってもすぐ取り付けられるし、密猟者が泊まることもできないでしょうから」
「ご英断です」
 マリオットが笑顔で応じた。 他の使用人たちも、そろってうなずいていた。
 ただ一人、苦虫を噛みつぶしたようなジェデオンだけを除いて。







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